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再入国はいつになるやら

日曜日の羽田空港国際ターミナル,去る者は追わずなので出国する人はぱらぱらとおりました。コロナ対策なのか搭乗手続きの方法がかなり変わっており,キオスクでデータを手入力。今までもそういうのはありましたが,僕の場合はアカウントに全て入ってるので不要だったはずなのに。

ゴーストタウンと化している国際ターミナル。これは予想していたので,国内ターミナルでPCR検査の結果が出るまで,しばらくあっちで時間つぶしていました。国内のほうはかなり元の活気を取り戻しております。

ここで食べるのが日本最後の食事,十分考慮した上でロイヤルホストに決定。カシミールカレー,これを外すわけにはいきません。

PCR検査結果はネットで来るので,PDFでスマホに入れたまま。どっかで印刷するかと思ったものの,結局そのままチェックインカウンターへ行ったら,画面で確認して終わりでした。ワクチン接種証明も,アメリカ発行のしょぼいカード見て終わり。日本帰国時の大仰さとは大違いです。

Seattle行きDelta便の乗客は,ざっと見積もって50人程度。到着後,入国審査も変わっておりました。僕はGlobal Entryというのを持っており,入国審査の列をスキップすることができます。とは言え,過去には専用キオスクで税関申告やら必要ありました。

それが今回,なんと顔認証のみ。自動的に名前が印刷された紙切れが出て,それを提出して終了。税関申告は???

COVID-19テストも無ければワクチン接種証明提出もなし。そのまま国内線乗り継ぎへ。帰国後の自主隔離もないっぽい。

かたや日本,あの水際対策を2月末まで延長するんだとか。水際どころかすでに内部で高速拡大してるのに。これじゃ再度日本帰国は絶望的です。ホテルで強制隔離なんてされたくありません。もうちょっと日本でやることが残ってるんですが . . .

コロナ禍の日本帰国,そして帰国

まだやることが残っていますが,一旦アメリカに帰国します。これ以上滞在するメリットより仕事放置するデメリットの方が大きいので。実家のほうは業者さん任せにしてますが,なんとか片付きそうです。その後のアレコレは数ヶ月後,状況が落ち着いたら再度帰国して片付けます。状況が落ち着くかどうか全く不明ですが。

アメリカ入国も少々厳しくなっており,COVIDテストは1日前日まで。昨日土曜日午前中なら近所の病院でもできたのですが,ここはもう当日空港で検査という勝負に。ま,大丈夫でしょ。

日本に戻ったときは小さなスーツケース一個,最小限の着替えだけ持って帰ってきました。でも2ヶ月の滞在中色々と増えてしまったので,大きいスーツケースを調達。小さいのはその中に入れたものの,空港までの道のりが大変そうです。

今日,まず空港国内ターミナルでPCR検査。その後国際ターミナルへと向かいます。どうせ国際ターミナルはがらんとして店も開いてないでしょうから,国内線で日本最後の食事をしなくちゃ。でもスーツケースを預けるのはその後なので悩ましいところ。

コロナ禍の日本帰国,福岡へ飛ぶ

自主隔離期間,11日目の0時かと思ってたら,なんと翌朝「解除しました」の案内。どこまでしぶといんだ。ともあれようやく公共交通機関を利用できます。羽田空港国際ターミナルへ行き,そこでモバイルWiFiをレンタル。相変わらずターミナルはガランとしており,Informationには人間すらいない。

モバイルWiFiは今どきの除菌済み。

さて国内線へ移動しようとして,ふと思いました。循環バス,走ってるのかな。

海外から戻ってきた人は,即座に国内線へ移動することはありません。というかできません。とにかくバス乗り場へ行くと,普通に運行していました。乗ってる人みたら,空港職員も利用してるらしい。でも旅行者らしき人も。どういうこと?

僕が羽田から福岡に飛ぶ場合,国際線乗り継ぎとなるのですが,こちらも普通に受付が開いておりました。無事手続きをすませ,福岡行きANA便に搭乗。

博多駅では梅が枝餅。太宰府名物ながら,ずっと昔から駅でも売られております。場所はちょっと移動しておりましたけど。買う時は「お餅ひとつ」と言うのが正しい注文方法。

コロナ禍の日本帰国,帰福準備

全て順調に行くことを仮定して,水曜日の福岡行きうフライトを予約しました。現在無人の実家です。戻っても生活できるかどうか分からない。少なくともお湯は出ません。昨年3月,僕が温水器を止めてきましたから。

とりあえず1泊だけホテルを予約しようかとも思いました。でもまあそういう状況ならホテルへ直接行けばいいやと,まずは帰ることに。お風呂だけなら,どっか大浴場があるでしょう。

あと生活に困るものはと考えて思い出したのがWiFi。実家にInternetは無いので,いつもモバイルWiFiをレンタルしています。それを予約し,受け取りを羽田空港国内線にと思ったら,なんと窓口が無い。海外からの人が激減してるので需要が無いらしい。国際線ターミナルの窓口だけ開いてるようなので,まずはそっちへ行く必要ありそうです。

その他。食器類は最低限しか残ってませんが,料理はどうせやらないのでOK。暖房は多分ホットカーペットが残っていたはず。TVと電話は生きているはず。でも冷蔵庫を開けるのは恐ろしい。ま,帰ってから考えよう。

コロナ禍の日本帰国,まずは自主隔離

2年前まで,この光景を見ながら出張へ出かけてたのに,今ではすっかりご無沙汰になりました。1年半ぶりの早朝フライトです。まずはABQ空港でのチェックイン。

最終目的地が日本ということで,COVID19テスト結果のを求められました。ここでは単に書類を見せるだけ。

SLCを経由してSeattle。ここから羽田に飛びますが,次第に状況は厳しくなってきます。登場前にカウンターに呼ばれ,再びCOVID19テストの確認。今度は書式を詳細にチェック。実際には書式ではなくてテスト項目の確認のようでした。

ここで一人脱落。前に並んでた人が,どうやらテストの種類が違ってたらしく搭乗拒否。

テスト以外にも,厚労省の質問事項に答える必要があります。カウンターのQRコードからそのページへ飛び,必要事項を記入。完了するとまたQRコードが出ますので,それをスクリーンショット。

そこまで確認してようやく搭乗です。でもここでどさっと別の書類が渡されます。似たような質問が並び,手書きでチェック。

元号の令和は困りました。今年何年?

客室乗務員さんにうっかり,

今年,平成何年?

日本到着から先がまた長かった。長過ぎるので,ここから先はまた明日。

New Mexicoの青空の元での1年

国際線のフライトが次々とキャンセルされていく中,這々の体でアメリカに戻ってきたのが今から丁度一年前です。夏くらいには規制も緩和されるだろう,そうしたらまた日本に帰国しようなんて思っていたのに,この有様。

全く飛行機に乗らない1年なんて,学生時代以来かもしれません。学生の頃だって,年一回程度は飛行機を使ってたかも。飛行機どころか,最大の遠出と言えばAlbuquerque空港往復のみですよ。通勤もありませんので,この1年殆どガソリンにお金を使っていません。

ほぼ自宅に引きこもり生活です。対照的だったのは大学院時代に住んでいたワンルーム。がらんとして必要最小限のものしかない部屋は,基本的に寝に帰るばかり。とは言え,深夜の寝酒と音楽は,当時も今も変わらないかもしれません。

それにしても,学生時代の一人暮らし,音楽聴いてたことしか思い出しません。テレビもネットも無い時代,何してたんだろ。