「昔話」タグアーカイブ

ただいま調査・検討中

先日,ちょっとした日本語の文章を書いたのですが,そこに大学院卒業直後,とあるプロジェクトでの昔話を挟み込みました。こちらの計算結果をプロジェクトへ提出しておいたら,先方から結果をちょっと修正できないかという連絡。

別に捏造しろとかそういうのではなく,再調査して再検討してほしいという依頼の電話がかかってきました。その相手というのが,プロジェクトのお偉いさん。ちなみにT大出身。僕のようなQ大出たてのぺーぺー青二才に直々に連絡してくるというのも驚きですが,僕はその依頼を頑として聞き入れなかったのです。

今でも何故あんなに頑なだったかなあと思うのですが,まあなんか根拠なき拘りあったのでしょう。先方もさぞや苛ついたことと思われます。なんせその電話会議,3時間以上に渡って紛糾しましたから。電話だけでは足りなかったのか,その後FAXのやり取りも続きました。電子メールはこちらにはあったけど,あっちには無かった。

その相手の方ですが,日本人にしては珍しく,海外の会議でも堂々と主張を押し通す人で,あれはまさにサムライだと言われていたとか。そのサムライに楯突いたというんだから,僕はなんでしょうね。侍の上を行くのは高利貸,武士は食わねど高楊枝。

ちなみにその侍氏,福岡に来たとき

久留米ラーメンって美味いらしいねぇ

と暗に車で連れて行けと。ラーメンのためにわざわざ久留米まで行くんかい。

FacebooktwittertumblrmailFacebooktwittertumblrmail

彼岸に食べてた毒入り植物

日本は彼岸花の季節です。多分。

見てないからしらんけど,きっと田んぼの畦道を彼岸花が赤く縁取りしていることでしょう。この不思議な花,曼珠沙華とも呼ばれますが,僕の祖母は幽霊花と呼んでました。それが九州特有の呼び名なのかはちょっと分かりません。

幽霊どころか,毒のある植物です。特に球根にアルカロイドを含みますので,食用にはなりません。

ところが,かつて祖母から聞いたことがあるのです。食糧難の時期にあの球根を食べていたと。

流石に毒があることは認識されており,「毒抜き」して食用にしていたと言うんですが,調べてみると毒抜きはかなり手間がかかるようです。流石に今時分,彼岸花を食べてみようという人はいないでしょうね。ウケ狙いならともかく。

FacebooktwittertumblrmailFacebooktwittertumblrmail

お小遣い定額制,だったっけ

ニュース記事で高校生のお小遣いが5000円くらいという記事を読んだのですが,はて,自分の時はどうだっけ。

そりゃ今と物価が違いますので,金額だけで比較はできません。でも今の5000円って,当時の3000円くらいじゃないのかな。そこまで極端に物価が上がった記憶もないし。

どれくらいお小遣いを貰ってたっけと考えるも,何だか記憶があやふやです。覚えてないってことは,定額制じゃなかったらしい。箪笥の抽斗に常時現金が無造作に入っていて,そこから勝手に取っていくシステムだったと思います。

お小遣いを何に使っていたのか。もとより交友関係は狭いので,そっちの方は限定的です。

文庫本,これはかなり消費したかも。

食費,昼食以外にも外食することが多かったので。

カメラのフィルムと現像,そこまで多くはなかったはず。

ピアノの月謝と楽譜,子供の頃から同じ先生だったので割安でした。

LPとカセットテープ,流石に数は限られてますけど。

あとは缶コーヒーくらいか。書籍費と食費入れたら,3000円は超過してたかもしれません。でもそれって生活費みたいなもんだし,お小遣い部分は今と変わらない趣味投資ですねえ。

FacebooktwittertumblrmailFacebooktwittertumblrmail

数十年ぶりに読むマンガ

少年ジャンプに連載されていたのを読んでいたので,小学校高学年か中1か。日本古代を題材にした不思議なマンガに夢中になったのです。でもそのまま,タイトルも作者も全く覚えていないまま。

大学院生となったある日のこと。(少々変わり者の)大学の先生に,子供の頃,変なマンガがあってですねえという話をしたら,

「あぁ,そりゃきっと諸星大二郎だ」

調べられなくもなかったのですが,そのままにしていたいような気分で,それ以上の進展は無し。

そして数年前の帰国時のこと。大手町丸善でこの本を見つけたのです。作者は諸星大二郎,タイトルは覚えていませんでしたが,この絵はしっかり覚えています。もしやこれか。

「暗黒神話 (愛蔵版コミックス)」という箱入り特別装丁の豪華版。お値段3500円しましたが,衝動買いしました。初版。

それから3年間,ずっとリビングの片隅に丸善の袋に入ったまま眠ったまま。放置していたのではなく,読むのが勿体ない。読んでしまうのが惜しい。

そして今週,電話会社のトラブルでネット遮断されたとき,ついに取り出したのです。おそるおそる開いたページに子供の頃の記憶が蘇ります。かなり加筆されてるらしく,見覚えないページも多いものの,ストーリーはそのまま。

一気に読みたい衝動をひたすら押さえ,ひと晩に1話の制限を自分に課し,ゆっくりと読んでいます。あぁ,読んでしまうのが惜しい。

FacebooktwittertumblrmailFacebooktwittertumblrmail

約30年前の地下鉄箱崎駅付近

パソコン内の写真を整理していたら,こんなのが出てきました。おそらくは80年代終わりくらい。福岡空港へ着陸する直前,九大の真上を飛ぶ瞬間のもの。

勿論デジカメもスマホも存在しない時代です。あの頃はニコンの一眼レフを使っており,その写真をスキャナで取り込んだものです。ということは,オリジナルの写真もどっかにあるのかな。

右上の道路は,元々線路があったところ。そこが地下鉄となり,横断歩道が見えるあたりに箱崎九大前駅ができました。1986年に開通とのことなので,そのちょっと後の写真かも。

この付近,今では箱崎何丁目という味気ない名前になってしまいましたが,以前はもっと細々とした伝統的な名前に分かれていました。海門戸(かいもんど)だったと思うのですが,違ったっけな。

FacebooktwittertumblrmailFacebooktwittertumblrmail

嗅覚をたよりに夕暮れの道

ふと漂ってくる香りに昔のことをふと思い出します。夕方,ようやく日が落ちたのでジョギング,どこからか花の香りが漂ってきました。

子供の頃,大人たちが「良い香りねえ」と花をくんくんするのが不思議でなりませんでした。おそらく子供の自分にとって良い香りというのはバニラエッセンスのような甘くて美味しそうな香り。花の香りは異質なものでしかありませんでした。

これが「良い香り」というものなのか。なんだか酸味すら感じさせるその香りを「良い」と表現することに違和感を覚えた記憶が,ジョギング中に舞い戻ってきました。

走るときは眼鏡を外すのであまり周囲がはっきり見えず,その分嗅覚が前面に出てくるのかもしれません。夕方町中を走っていると,色んな匂いに遭遇します。料理はもちろん,シャワールームの匂い,すれ違う人の体臭,どこかの庭のバーベキュー。わんこの世界を垣間見ることができます。いや,垣間匂うことができます。

FacebooktwittertumblrmailFacebooktwittertumblrmail