「昔話」タグアーカイブ

さらに古い方へ

フレンチ,イタリアンと談話。話題はあちこち飛べども,なんとなく映画の話になったので,もしAmazon primeに入ってるならいいのがあるよと教えてあげました。

エヴァンゲリオン。日本の伝説的なアニメですが,いまPrimeで4部作公開中です。ジブリ映画もよくみてる人達なので,まあ楽しめるんじゃないでしょうか。かなり傾向違うけど。

そんな話をしたら,イタリアンが突然,他にもおもしろいのがある!と。

なに?と聞いたら「ルパンだ」

真っ先にフランス人は「アルセーヌ・ルパン?」そりゃそっちが本家です。でも想像通り違いました。

「ルパン三世だよ!」

全作品見たんだそうです。色々ヴァージョンあるのでどれか分かりませんが,かなりはまったらしい。僕的には一番古いオリジナル作品イチオシ,しかもAmazon primeで見られるんですが,推薦したもんかどうか迷うところあったので,沈黙。

格安不人気楽譜

楽譜棚で探しものしてたら出てきたもの。学生時代に入手したProkofievのピアノ・ソナタ第5番と小品集「束の間の幻影」の楽譜です。

プロコフィエフの没年は1953年なので買ったときまだ著作権は生きていたはずです。おまけに輸入譜なのに,随分とお安い。当時はソ連時代なので,著作権関連は曖昧だったのかもしれません。この楽譜のUSA価格はたったの$4です。

日本での定価が880円。それが赤札価格の500円。そして最終処分価格の100円。人気無くて売れ残ってたんですかね。ごっそりと買いましたよ。ピアノ協奏曲も含めて全部で5冊。もっとも彼のピアノ協奏曲第5番は超難曲として知られ,とても歯が立ちません。

ところでこの値札に書かれているのは日本楽器,そうYAMAHAです。社名がヤマハに統一されたのが1987年(昭和62年)とのこと。福岡のヤマハで買ったものですが,確かにその少し前でした。

New Mexicoの青空の元での1年

国際線のフライトが次々とキャンセルされていく中,這々の体でアメリカに戻ってきたのが今から丁度一年前です。夏くらいには規制も緩和されるだろう,そうしたらまた日本に帰国しようなんて思っていたのに,この有様。

全く飛行機に乗らない1年なんて,学生時代以来かもしれません。学生の頃だって,年一回程度は飛行機を使ってたかも。飛行機どころか,最大の遠出と言えばAlbuquerque空港往復のみですよ。通勤もありませんので,この1年殆どガソリンにお金を使っていません。

ほぼ自宅に引きこもり生活です。対照的だったのは大学院時代に住んでいたワンルーム。がらんとして必要最小限のものしかない部屋は,基本的に寝に帰るばかり。とは言え,深夜の寝酒と音楽は,当時も今も変わらないかもしれません。

それにしても,学生時代の一人暮らし,音楽聴いてたことしか思い出しません。テレビもネットも無い時代,何してたんだろ。

近所の駄菓子屋看板屋

前を走っていたのが広告看板作製会社の車で,ふと小さな看板ショップを思い出しました。

昭和の風景で必ず出てくるのが,近所の駄菓子屋さん。おばあさんが店の奥に一人,10円のチロルチョコやら,怪しげな当たり付き飴やら,売ってる雰囲気。そんな店が子供の頃近所にありました。

もっともそこは駄菓子だけでなく,日用雑貨も置いていたので,今で言うコンビニかも。その店で買う定番は「ブラックモンブラン」でしたが,それはさておき,駄菓子屋の隣に看板ショップができたのです。ばあちゃんの息子なのか,婿さんなのか,とにかくおじさんが一人で始めたらしい。

その小さな作業場に潜り込んでおじさんの作業を見ていたことがあります。アクリル板を糸鋸で綺麗に切り抜き,文字を作っていく。

でも記憶はそれっきり。そもそも作業場が使われている形跡もなし。あのおじさん,何してたんだろう。今の時代なら看板広告の仕事も多いでしょうが,当時はまだ早すぎたのかも。

駄菓子屋の場所をGoogle Street Viewで見てみたら,ごく普通の住宅になってました。そりゃそうだ,昭和の話です。

実物は電子メールでは送れません

日本のクレジットカード会社から「新しいカードを送付しました」というメール連絡がきて,有効期限が今月までだったことを思い出しました。さほど頻繁に使わない日本のカードですが,無いとちょっと不便。以前だと実家に送られてきたものを,帰国ついでに回収していたのですが,それができません。

近くに住む従姉妹に,こちらに送ってもらうように頼みました。普通の国際郵便です。まあ大したことは無いだろうと思ってたら,彼女からの返事は,

「了解 … でも生まれて一度もエアーメール出したことない」

え?って思ったものの,国際郵便を出したことが無い人のほうが多いでしょうね。普通は必要ないし。

生まれて初めて海外に郵便出したのは,いつのことだったか。多分,中学生のときに短波ラジオで「聞こえたよ〜」をアジアのどっかに送ったのが最初かも。

大学院生になってからは,年に数度は国際郵便の世話になりました。メールが一般的になったのは学生途中ですが,まだ文書は送れなかったので,印刷してサインして返送。悠長な時代でしたが,クレジットカード本体は,今もメールでは送れないようです。

凍結は想定外

お隣の州が大変なことになっております。一刻も早く電気水道が復旧することを願っております。極端な寒波で水道管が凍結,ここは-20℃まで下がることもあるのでそれなりに対応していますが,あちらは想定外のことだったんでしょうね。

小学生の頃,水道管の凍結というのを体験しました。台所の壁の向こう側に水道管が剥き出しな家屋なんだから,そりゃ凍るでしょう。九州じゃそこまで気温は下がらないだろうというところに,想定外の大雪の夜。

その晩,僕は自宅に一人で,水が出ない状況に,何を考えたのか,ストーブの上のヤカンにせっせと雪を入れてとかし,ヤカンいっぱいのお湯を作ってました。それを水道管にかけて凍結をとかそうとしたのかどうかは定かではありません。

やがて母親が帰ってきて,お湯あるよと言ったものの,それをどうこうしたかの記憶もありません。ただ,雪の中にどうやら小石が入っていたらしく,空になったヤカンがカラカラと音を立てていたことだけを覚えています。