「日本」タグアーカイブ

年の初めのリング開き

相変わらず手書きノート派です。学生達を見てると,さらさらとタブレットにノート取ったりPDF論文に直接書き込んだりと,先端技術を自家薬籠中の物としておりますが,僕は紙と鉛筆の生活から抜け出すつもりはありません。

さて,ノートは1年に一冊,これに全てを書き込む「なんでも帳」です。B5のルーズリーフを長年愛用しており,毎年1月になると新しいノートに切り替えるため,前年日本で表紙を調達してきます。

その表紙部分,昨年使っていたのは表と裏が分離しているタイプ。そして今年は,ノート中央部の書き込みが容易という触れ込みのリングが上下にしかないタイプに挑戦。

挑戦とは何を大袈裟なと思うことなかれ。毎回別の方式のものを買ってくると,リングの開き方と格闘することになります。日本の文具は凝りすぎていて,取扱説明書無しでは開き方が分からない。

今年のタイプは,リング右側の上下をつまんで,内側へ少し押しつぶす。なるほどこの写真の爪の形を見ればそうなってます。でもそんなん,見ただけで分かるかいな。

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川崎で思い出すものと言えば

永谷園のお茶漬けに入ってました。東海道五十三次シリーズ,復刻したんでしょうか。懐かしい。僕は集めてはなかったですが,なんとなく何枚かは机の引き出しに入っていたはず。

こちらは川崎宿。日本橋から品川まで二里,そこから川崎まで二里半なので,日本橋から18km。試しにGoogle Mapで「日本橋から川崎」を検索してみると,旧東海道経由で19.4km,徒歩4時間。いまも距離は変わらないようです。当たり前だけど。

ちなみに10kmくらいの距離なら,僕は散歩がてら歩くことがよくありました。飲み会後,電車に乗らずに歩いて帰るとかもありました。基本的に歩きながらキョロキョロするのも好きなのかも。東京から川崎だったら,JR沿いに歩くのが基本ですかね。電車撮影ポイント探しながら。

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ようやく印鑑不要時代になるかな

ここ最近,印鑑廃止への緩やかな歩みが続いているようです。もちろん日本でのことですが,印鑑にまつわるアレコレはおもしろいので,ここでも何度か印鑑ネタを書いたと思います。とくに大学事務は笑っちゃいますね。

さて廃止しようとすれば,抵抗勢力もある。やれ日本の文化だとか言ってますが,ハンコが無くなって一番困ること,それは

他人がこっそりハンコ捺くことができない

かつて日本で働いてたとき,事務室に自分のハンコを預けてました。もちろん三文印ですけど。あれは何に使われていたんだろう。出勤簿か,何かの受領印か。

今年3月に帰国したときのこと。家中の抽斗という抽斗を開け,お宝探し,いやいや貴重品の確認をしました。驚いたことに,印鑑が出てくる出てくる。両親それぞれが事業を営んでいたせいもありますが,どんだけハンコ作ってるんだというくらい。

もちろん殆どが100円ショップ物ですが,いくつかは実印らしきものも。でも問題は,どれが本物の実印なのか分からない。失くしたときの予備だったんでしょうか。ますます印鑑の意味が分かりません。

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彼岸に食べてた毒入り植物

日本は彼岸花の季節です。多分。

見てないからしらんけど,きっと田んぼの畦道を彼岸花が赤く縁取りしていることでしょう。この不思議な花,曼珠沙華とも呼ばれますが,僕の祖母は幽霊花と呼んでました。それが九州特有の呼び名なのかはちょっと分かりません。

幽霊どころか,毒のある植物です。特に球根にアルカロイドを含みますので,食用にはなりません。

ところが,かつて祖母から聞いたことがあるのです。食糧難の時期にあの球根を食べていたと。

流石に毒があることは認識されており,「毒抜き」して食用にしていたと言うんですが,調べてみると毒抜きはかなり手間がかかるようです。流石に今時分,彼岸花を食べてみようという人はいないでしょうね。ウケ狙いならともかく。

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かつて海外にいたらしい日本人

調べごとをしていて,とある日本の名前に行き当たりました。Michigan大学で1967年に博士を取得された方の学位論文です。タイプライタで打たれた論文をスキャンしたものが,大学のサイトからダウンロードできるのですが,これが中々の力作で,そのまま教科書になりそうなほど。

同業者らしいのですが,名前は寡聞にして存じません。同じ著者の論文を探してみようとあれこれ検索するも,学会の発表らしきもの程度で,何故か殆ど出てこない。

こうなったら意地です。あらゆる検索手段を尽くして,っていうほどもないですが,探しまくること約30分。どうやらMichiganから英国のManchester大学へと移動されたらしい足取りが掴めました。どうりでアメリカでの情報が無いはず。

Manchesterで70年代にいくつかの論文が出ています。でも追跡はそこまで。その後の消息はパタリと消えてしまいました。帰国されたのか,全く別の分野に進まれたのか。

ご存命なら80歳くらいでしょうか。60年代に渡米して学問の世界に入った日本人,気になります。もしかして日本で有名な先生で,僕が知らないだけだったりして。

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やっときたカルビー,でも何だこれ

ポテチに飽きたら,なにか別のスナック,そんなところへようやくこちらまでカルビーが進出してくれたようです。

フレンチフライ型のスナックなのですが,同じものが日本でも売られてるのでしょうか。強いて言うなら,太めのじゃがりこ。

で,そこまで言うなら,なぜ実物の写真が無いのか。なぜパッケージだけなのか。

そりゃあーた,食べちゃったからでしょ。

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