「創作」タグアーカイブ

5月の物語「屋台」

近所にたこ焼きの屋台ができたので買ってみた.おばちゃん一人で屋台を切り盛りしてるらしい.これと言って理由も無いが,ふと「たこ焼きだけなの?」と聞いたら,うちは一つの商品に命賭けてんだよと怒られた.

そんな職人気質が気に入ってもう一度買ってみようかと立ち寄ったら,看板が変わっている.「こ」の字が90度回されて「い」の字,たい焼き屋に鞍替えしたらしい.鯛焼きでもいいやと中を覗いてぎょっとした.

たこ焼き用の凹んだ鉄板のままである.そこに鯛焼きならぬボール焼き?が作られていた.

「おばちゃん,これ,鯛焼きじゃないだろう」
「丸いだけで,味はおんなじよ」
「でも鯛の形,してないじゃん」
「よくみなよ.これは鯛の目玉なんだよ」

ご丁寧に黒目の焦げが入っている.気味悪いながらも,つい買ってしまった.なるほど形は目玉だが,味は鯛焼きである.一口サイズなので,目玉と思わなければ食べやすい.

次に見た時は,玉子焼き屋になっていた.目玉焼き屋じゃなくて良かったと思ったものの,鉄板はやっぱりたこ焼き用.球形玉子焼きなんて器用なものをよく作るもんだと感心しつつ,それを買ってしまう自分もちょっと変かなと思った.

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おばちゃんのチャレンジは,次第にエスカレートしていった.玉子焼きから,タバスコ焼きになっていた.流石に無茶だろうと思ったら,ボール型玉子焼きのタバスコかけ.これは結構旨い.

次は玉ねぎ焼きになっていた.店に近づいただけで涙が出てきたが,タバスコ入り焼き肉のタレにあう.

その次は長ネギ焼きだった.強烈な味である.頑張って食べた.

なると焼き.目ん玉の上に渦巻きが整然と並んでいた.勿論買って食べた.

トマト焼き.プチトマトの丸焼きだった.さすがにここまで来たら手抜きだと思って,おばちゃんに言った.

「おばちゃん,これ,プチトマト焼いてるだけじゃん」
「あたりまえだよ.うちはトマト焼き屋だ」
「そんなんじゃ商売にならないだろ」
「あたしゃ商売なんかしてないよ」
「え?」
「あんたがあんまりにも乗りが良いもんだから,どこまで耐えられるか試してたんだ」

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5月の物語「月の光」

有名な作家でもある祖母だが,孫娘の私に一切合切の事務仕事を押し付けてしまえるのは,本人も気が楽らしい.大学を卒業後,ずっと祖母の秘書のような仕事を続けている.スケジュールを管理し,出版社からの連絡を橋渡しし,執筆のための資料を集めることもある.

出版担当者が先生の自宅まで原稿用紙を取りに来る時代でも無いが,律儀な編集者は何かにつけ先生にご挨拶にくるのが常である.いま祖母が執筆中の小説を担当している若い編集者は,どこか頼りない風情でもあるが,先生が執筆活動に専念できるよう気配りしているのも見て取れる.定期的に仕事場を訪れる彼を,いつの間にか心待ちしている自分がいる.

その小説もようやく上梓となり,出版社の主催で出版記念パーティが開催されることになった.私も秘書としてパーティに招待され,出かける準備をしているところに祖母がやってきた.

「これをあげるから,付けて行きなさい」

彼女が手にしてたのは,微かに青く染まったダイヤモンドのペンダントだった.若いころに書いた小説が初めて売れた時,自分へのご褒美として買ったものだと言う.

「高そうなダイヤだけど,いいの?」
「pale blue diamondっていうの.すごく珍しいのよ」

胸元に小さく青ざめて輝くダイヤモンドは,私には少々不釣り合いな気がした.

祖母と二人,パーティ会場のホテルに早めに到着すると,あの若い編集者がロビーで待っていた.私達に目を留めた彼はにこやかにやってきて先生に挨拶し,それから私の方を振り向いて一瞬「あっ」と小さな声をあげた.

「どうかしましたか?」
「あ,いやなんでも」

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文壇のパーティには出版関係者から祖母の同業者までが顔を揃え,別世界を垣間見る気分である.かつて祖母の編集を担当し,今では編集長の地位にいる人のスピーチは流石に場慣れしたものだと感心する.

「… この本に,青いダイヤモンドのエピソードがありますね.女性が『女が月の青い光を身に纏うときは…』と言う意味深なシーン.青いダイヤには男を惑わす魔力があると言いますが,実はついさっき気づいたのです.先生のうら若き秘書さんの胸元にブルーダイヤモンドが輝いていたのを.あ,でも私はダメですよ,女房も子供もいるんですから」

パーティ参加者全員の視線が一斉に自分に集まり,恥ずかしくなってうつむくも,おばあちゃん,さては謀ったわねと,ちらりと祖母の横顔を見たが,祖母は素知らぬ素振りのままだった.

パーティも終わりに差し掛かり,あの編集者がやってきた.

「うちの編集長が失礼なこと言って,どうもすみませんでした」
「ええ,びっくりしました.先生の本は読んでいなかったもので」
「そのダイヤ,月の光にあたったら,もっと青く光るのかな.ちょっと外を歩きません?」

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5月の物語「幽霊」

家賃の安さに釣られて,先月このアパートに越してきたのだが,その破格の家賃の理由を理解するのに時間はかからなかった.俗に言う事故物件である.

寝る前に枕元に置いたはずの携帯がキッチンに移動していたときは,てっきり自分の勘違いだろうと思った.本棚から本が落ちたり夜中にトイレの水が勝手に流れても,単に偶然だろうと思った.最初に異変に気づいたのは,朝起きたときにアパート中の灯が点いていたときだった.幾ら何でも深夜うっかり全部のスイッチを入れたりしない.

異変は次第にエスカレートし,お風呂からお湯が溢れていたり,深夜に突然大音量でCDが鳴り出したり,だんだんと僕の精神も参ってくる.この連休,何とかしてその瞬間を見てやろうと,一晩中部屋を見張ることにした.

部屋を真っ暗にしたまま,些細な変化も見逃すまいと,ベッドの上から部屋の様子を伺う.部屋には凍った時間だけが流れ続けたが,深夜2時を回った瞬間,テーブルの上に置いてあった空の缶ビールがぱたりと倒れて転がった.

「そこに居るんだろう」

僕の声に,彼女がゆっくりと姿を見せた.テーブルの横に,髪の長い痩せた女の子がうつむいて無言で座っている.心臓が止まりそうなほどドキリとしたが,声を振り絞った.

「君は誰?」

彼女は,しばらくの間無言で,やがて少し泣きながら語り始めた.男に裏切られて絶望し,この部屋で自ら命を断ったこと.この部屋に誰も入れまいと,住人を追い出していったこと.

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それから毎晩,彼女は僕の前に現れ,全てを語り尽くした.生前の彼女に起こったことは,不幸を通り越して恐怖ですらあった.連休が終わって僕は仕事に戻ったが,彼女は消え去るどころか,姿を現す時間を伸ばしていった.

やがてアパートに戻るとすぐに彼女は現れるようになり,時々は夕食を作って,テレビを見ながら待っていることもあった.一年も経つと,ビールにつまみがテーブルの上に散乱している始末である.

運動不足の上に呑んだくれの彼女はみるみるうちに体型を崩し,今ではもう関取である.流石に僕も耐えかねて言った.

「なんだそのだらしない体型は.あの薄幸の美女はどこへいったんだ」
「えー,だって,あたし地縛霊だから,外出できないのよね」
「勝手に太ってるだけなら,除霊して追い出すぞ」
「太ってないわよ.幽霊だもん,体重は今もゼロよ」

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5月の物語「風博士」

老人は風博士と呼ばれていた.とある大学の地球科学教授であったが,風変わりなことに彼の専門分野は風である.在職中から学内では変人と噂され,彼の研究室には学生が殆どいなかった.そんな研究しても就職先が無いことは誰の目にも明らかだった.口の悪い連中は,そこは風が停止した夕凪研と陰口する始末である.

彼は風を測定する装置「風分光器」を開発し,それを担いでは熱帯や砂漠,太平洋,そしてビルが林立する都会へと観測に出掛けた.風分光器は風の諸性質を測定し,ノートパソコンの画面に色彩としてスペクトル表示する.風博士は単に空気の流れに過ぎない風のデータを収集し,それを科学的に分類し分析した.

そんな風博士もやがて定年となり,今では風分光器を使ってこつこつと自宅の近くで風の観測を続ける日々である.もう初夏の陽気が広がる5月の休日,風博士は岬の防波堤に風分光器を据え付け,潮風を測定していた.

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画面にはありふれた風のスペクトルが表示されている.時々刻々と変化するものの,新しいことは見つかりそうにない.もう世界中の風を殆ど研究し尽くしたんだ.風博士はデータの記録を停止し,防波堤に腰掛け,海の風を感じながら画面を漫然と眺めていた.

太陽が傾き,次第に風が変わってくると,画面の端に小さな変化が現れた.今までに見たこともない極彩色のスペクトルが,ちらちらと見え隠れしている.この風はいつもの風と違う.風博士は立ち上がり,データを記録しようとパソコンに向かったその瞬間,猛烈な胸の痛みが彼を襲った.

直感で助けを呼ばないと危険だと感じた.ポケットから携帯を取り出したその時のこと.激しい苦しみに歪む彼の顔を鋭い風が過ぎり,風分光器が新しい風に反応している.単色のオーロラのようなスペクトルをなびかせたかと思うと,次第にあちこちで眩い閃光が煌めく.

携帯を投げ捨て,胸の痛みと呼吸の苦しさを耐えながら何とかしてデータ記録ボタンを押そうとパソコンに手を伸ばすも,目前に広がる色鮮やかな光がめまぐるしく変化する様子に目を見開き,そのまま倒れこんだ.

やがて防波堤に吹き付ける風はゆっくりと落ち着きを取り戻し,同時に画面の光も夕凪のごとく停止した.

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5月の物語「告白」

Lilac
Lilac

学生生活も残り一年を切った.連休恒例のサークルの合宿も今年が最後の参加となる.偶然同じサークルに入って以来,彼女のことがずっと気になっていた.僕が意識していたのは,彼女の方も何となく分かっていたと思う.この機会を逃したら,あとはそのまま社会に出て,ゆっくりと彼女への気持ちが心の奥へ沈んでいくことだろう.そうなったら一生後悔する.彼女が一人になるチャンスを待ち,勇気を出して告白した.

「あのさ,付き合ってほしいんだけど」
「あたしと?」
「うん」
「なんでもしてくれる?」
「うん,もちろん」
「じゃあ,私に話しかけないって約束して」
「え?」

彼女はにっこり笑って去っていった.

その後のことはよく覚えていない.生気を失ったまま日々を過ごし,大学を卒業し,地元の企業へ就職し,数年後に職場の同期の女性と結婚した.

彼女に声をかけたあの日のことは,今でも思い出す.あれでよかったんだと,自分に言い聞かせている.今の生活だってそれなりに幸せだと思う.不満があるとすれば,女房の極端なテレビドラマ好きなことくらいか.9時から始まるお気に入りのドラマがある日は,夕食も10時までおあずけとなる.

さすがに10時まで空腹を我慢するのは辛い.女房はテレビ画面を見つめたまま身動き一つしない.我慢できなくなり,先に食べてよいかと恐る恐る尋ねてみる.

「あのさあ… ご飯,先に食べても...」

「あたしに話しかけない約束でしょ!」

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3本の矢が教えてくれること

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余命幾ばくも無いことを悟った殿様は,三人の息子を病の床へ呼び,一本の矢を彼らに持たせた.「その矢を折ってみよ」

三人の息子が難なく矢を折ったのを見届けた殿様は,「では,これを折って見よ」と三本の矢を束ねて手渡した.誰もそれを手折ることはできず,3人が結束することの大切さを教えた後,息を引き取った.遺言に従い,財産は長男と次男に分け与えられ,末の息子には城下から遠く離れた屋敷が与えられた.

しかしながら長兄と次兄は父の言わんとするところを理解できず,末弟に尋ねた.

「父は何を教えようとしていたのだ」
「矢は束ねた方が強いということでしょう」

長兄と次兄は家臣を呼び,命じた.
「一本の矢は弱くとも,三本束ねたるは強い.三本同時に射るべし」

やがて些細な口喧嘩から長兄と次兄は衝突し,互いに兵を挙げた.父の教えに従い,三本の矢を束ねて射るも,重すぎて敵陣に届かず,両軍の間に虚しく落ちた.

束ねた矢は瞬く間に底をつき,両軍大将は至急矢を調達してくるよう家臣に命じた.運良く,合戦のすぐそばで矢売りが店を開いていた.

矢は文字通り飛ぶように売れた.三本の矢を束ねては放ち,また矢売りの店へと駆けつけたが,遂にその金も底をつき,両軍引き分けたまま夕日が落ちた.

一文無しになった長兄と次兄は,援助を求めて弟の屋敷を訪ねた.屋敷はたいそう立派に改築され,その裏の工房では職人らがせっせと矢を作っていた.

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虹の断片の音

虹の断片
虹の断片

「虹の音,聞いたことある?」

あまりに唐突な僕の言葉に,彼女は「え?何?」と聞き返した.裏に別の意味でもあるのかと.

「指で虹をそっとなぞって行くと出る音だよ」

雨上がりの雲間に現れた虹の断片へ手を伸ばし,僕はそれをひょいとつまんだ.

「ほら,ここに指先を触れると,音が聞こえる」

虹の色の輪に沿って指を動かすと,硬く透明なクリスタルグラスの音楽が響き,虹の断片は小さく砕けてきらきらと光りながら落ちていった.

「色が変わると,音も変わるのね」
「色だけじゃなくて,ものの硬さとか滑らかさで,色んな音が出るんだよ」

僕はそう言うと,彼女のバッグに付いたディズニーのキャラクタを指でなぞると,良く知ったディズニーの音楽を奏でた.

「すごい!」

驚いて僕の指をまじまじと眺める彼女の頬にいきなり指を触れ,そっと耳の方へ滑らせていった.ふわりとして柔らかい音楽が指先から響いてきたが,突然僕に触れられた驚きと戸惑が音楽を曇らせた.

僕はそれを無視して,今度は彼女の肩から腕へ,薄い青のブラウスを指先でなぞっていった.明るく澄んだ木管楽器の音楽が響く.指が袖の先に到達すると.今度は彼女の背なかから,ブラウスの中へ手を回した.

「あっ」と驚き体を離そうとする彼女の腰を左腕で押さえ,指で彼女の肌を奏でていく.背中から腰へ,そこから彼女の下着へ.

「だめ,そこはダメ!」

僕の腕を振り払おうと激しく抵抗する彼女を無視して,彼女の下着を指先で探り当て,そこを指でなぞった瞬間,指先が激しく奏でたのは,ルパン三世のテーマだった.

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