理系の作文技術

そういうタイトルの本があるらしいんですが、読んだ事はありません。論文や報告書を書く場合に一番重要なのは、書いた本人が言わんとする所を的確に読者に伝えること。曖昧な文章は誤解のもと。

市井の民の綴るblogを読んでいると、文章の上手い人、ちょっと読みにくい人と玉石混交。自分自身は研究系の人が書かれているweb pageを良く読みますが、そんな中に「あ、この人、文章が上手いな」と感じることがしばしばあります。

理系人間と言うと、マンガばかりで本を読まない(正しいです)、数式ばかりいじっていて文章を書かない(必要なければやりません)、理屈ばかりこね回して人間的な暖かみに欠ける(興味の対象によっては熱くなります)というイメージですが、文学才能に秀でた人も居るようです。ちなみに自分の事ではありませんので、念のため。

理系大学生が最初に文章書きの洗礼を受けるのは、卒業論文あたりかもしれません。研究の意義目的などを書いて、研究室の先輩にチェックを入れてもらうと、真っ赤に添削された原稿が戻ってきます。段落全体の構成はもとより、一つの文章の主語と述語が一致していなかったり、現在形と過去形、「ですます」調と「である」調が混在したり、そういう基本的な作文術をまず叩き込まれます。

でもこういった報告形式の文章にはある程度の定石があり、赤ペンの入った原稿を徹夜で修正した結果は、ある程度凡庸な文章になりがちです。論文の文書で個性を発揮するわけにもいかないので、これは仕方の無いところ。それでも、卒業論文は文章を書く上での基本を押さえる良いトレーニングになっていると思います。

自分が受けたこの洗礼で良く憶えているのが、「文章を簡潔に書く」ということ。削っても意味が変わらない部分は削る。冗長な文章は読み手を退屈にさせるし、読み手の勘違いを引き起こします。これを心の片隅に留めながらこの文章を書きつつ、気付けばすでに6パラグラフ。理解するのと身に付くのは、全く別の話。修行が足りません。

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鹿害、こんなものまで…

鹿さん、実は花がとっても好き。春、庭の花が咲くとすぐに切って花瓶に生けるか、柵で囲っておかないと、鑑賞する前に鹿にやられてしまいます。でもこれは聞いていなかった。

芽を出したチューリップの葉っぱ。まるで芝刈り機で刈られたように、すぱっと食べられてしまいました。

ほー、切り口は渦巻きのようになってるのか。。。。等と感心している場合ではありません。花なら切って鑑賞できますが、葉っぱも生えてくる端から花瓶に生けないといけないのか(涙)。

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変なSPAM

さほど多くのspamに悩まされているわけでは無いので、メールのフィルターは最低限のものしか付けていません。勢い、やってくるspamをつい読んでしまうことがままあります。たまに面白いのがあるというのも、その理由。最近たまに来る日本近隣某国からのspam。突っ込みどころ満載です。

弊社のメールを読むことをどうもありがとうございます。

読むことはどういたしました。

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えーっと、商品が2000円-6000円の場合に送料が無料になるんでしょうか?

いろいろな特恵もあります!

これは「とくけい」と読むんでしょうか。辞書で調べたんですが、特恵関税制度という単語しか載ってません。もしかしてJETRO関係の方でしょうか?

品質の保証。価格は合理的です!

はぁ、合理的なんですか。あまり安そうじゃないです。

趣味があれば、ご連絡くださいね

そう言う趣味はないです。

次のやつはもっと強烈です。

当公司は国際ブランドが会社を売買するのだ

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Liszt編曲Beethoven交響曲

C. KatsarisがF.Liszt編曲Beethoven交響曲全集を出したのは1980年代。この難曲を余裕で回る指で弾きこなすのに、聴いていて呆れました。管弦楽の編曲ものは比較的簡単に弾けるようにしたものが多いのですが、このLiszt編曲は全く妥協無し、全声部を忠実にピアノ譜に移し替え、一方では非常にピアノ的な音形に置き換えたりして、独奏曲としても十分な音楽になっています。

その分演奏は難しく(Lisztの曲で難しくない曲なんて無いですが)、例えば田園の第2楽章、ゆっくりした音楽ながらも、これは4手用編曲かと思うほど。ちなみにKatsarisですが、Liszt編曲にさらに音を加え、より難しくしているそうです。

これは7番交響曲の第2楽章冒頭。コントラバスはチェロのオクターブ下を弾いているだけだし、pなので、自分がトランスクリプトするなら左手は単音するところ。でもLiszt版にはしっかりとコントラバスのパートが加えられています。この楽章では同じ旋律を何度も繰り返しますが、この後、左手はアクロバットのように鍵盤の上を飛び跳ねることになります。


田園1楽章中間部、ファゴットとヴァイオリンがカッコウの音形でかけあうところ。とてもシンプルな楽譜ですが、実は左右の手が交差しています。何か意図した理由があるんでしょうが、凡人には理解不能。考えられそうなのは、2小節目で最初に右手でドソを弾いたら、そのタッチを変えないようにして最後まで続けるということか。


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さらなる新事実

まずはお断りですが、エープリールフールネタでは決してございません。もうとっくに過ぎたっちゅうに。

お向かいさんと立ち話していたときのこと。こちらの家はチャウチャウミックスを飼っているんですが、

「うちの犬、コヨーテの血が混じってるのよ」

と事も無げにのたまうではありませんか!

この辺りのペットって、たまにコヨーテと遊んでたりすることがあるので、コヨーテミックスなんてごく当たり前なんだそうです(Mooseさん、正解!)。つまり、クゥにコヨーテの血が混じっていても何ら不思議は無いということ。いや、まだ混じってると決まった訳じゃないんですが。

コヨーテが混じったペットが普通に飼われているNew Mexicoってのも何か変ですが、逆もありうるんですよね。チャウチャウやゴールデンリトリバーの混じったコヨーテが野山を徘徊。先日、知り合いがシェルターから子犬をアドプトしたそうですが、ゴールデンリトリバーとプードルのミックスだそうな。どんなんやねん。

というわけで、ひっかかったと思った皆さん、ご安心ください。ひっかかったのは僕のほうでした。

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3周年記念

アプリコットの花も満開になり、すでに散り始めています。今日はblog開設3周年、というわけではなく、日本を離れて、アメリカの僻地へと「思わず遠くへ来たもんだ〜」とばかりにこの地Los Alamosに居を構えて、今日で丁度3年になります。渡米してきた当日、実は鉄腕アトムの誕生日。はるばるLos Alamosまで来たものの、残念ながらお茶の水博士はここには居ませんでした。

3年前のLos Alamosへの道のりを今でも思い出します。Dallasへ到着したJAL便、さらに1時間のフライトの後Albuquerqueに到着。そこでレンタカーを借り、Santa Feへ。標高が高くなるにつれ、4月だと言うのに雪が舞っているのに驚かされます。

アメリカに到着してまず最初にすることは、社会保障番号の申請。これが無くては、何もできません。事務所で書類手続きを済ませ、今度はLos Alamosへの急坂を登ります。標高2200m。日本では考えられない住環境です。

とりあえずホテルにチェックインし、ここの友人にやっと到着した旨を電話します。

翌日は生活のためのもろもろのセットアップが必要です。アパートの管理人の所へ行き、処手続き。ホテルに暫く滞在することもできましたが、やはり落ち着かないので、翌日からアパート暮らしを始めました。全く家財道具も無く、がらんとしたアパート。Santa Feで買って来た毛布とベッドカバーを床に敷いて寝ました。

丁度アパートに移動して来た時のこと。僕たちが日本からやって来ることを知った、ここに住んでおられる日本人の奥さんが、和食を作ってわざわざ届けてきてくれました。こういう親切は本当に心温まります。

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Ave Maria

先日書いたBurgmuellerでふと思い出した話。子供の頃住んでいた町のはずれに、廃校になり閉鎖された女子高がありました。どういう経緯で廃校になったのかは知りませんが、私立だったのできっと経営難だったんでしょう。

こういう場所って、悪ガキ連中にとっては絶好の遊び場です。有刺鉄線の柵を潜り抜け、荒れ放題の校舎に侵入します。教室内にはまだ机が整然と並び、黒板には最後の卒業生が書いたらしいお別れの言葉が散りばめられています。

教室を探検した後、友達らと講堂に入りました。無人の講堂は死んだような無音の世界。床を歩く音だけが響きます。

ステージの裏側に行くと、小さなリードオルガンが置いてあります。試しに弾いてみると、まだ音がでます。がらんとした講堂に、BurgmuellerのAve Mariaが響き渡ります。

その時、入口付近から、カツーン、カツーンという足音が。

友人は「やばい、管理人が来たやんか、お前がオルガンなんか弾くけ」

二人して講堂の裏から外へと走ります。建物を回り、管理人が中に居るかどうか、入口からこっそり中をのぞきました。

講堂内の空気は再び凍りつき、動きはありません。

「誰もおらんやん」…

そう話した瞬間、今度は何故かステージの方から足音。

カツーンカツーンカツーン

近付いてくる姿の見えない足音。全身に感じる冷気。廃墟の出口へと、絶対に後ろを振り返らずに走りました。背後からは、硬い足音だけが大きさを増しながら近付きます。

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ニューメキシコの小さな町ロスアラモスでの日々雑感