コロナ禍の日本帰国,和菓子あります

お茶タイム,芋きんつば。

こちらは正月っぽい羊羹,抹茶付き。

自分で買ってきたり,貰い物だったり。コタツの上にも乾き物あるので,お腹周りがちょっとやばい。

ジョギングシューズはあるものの走る服が無いので散歩してます。かつて麓まで走ったものの,まだ一度も中に入ったことの無い場所。

東京スカイツリー。350mの第一展望台まで,40分待ってなんとか登ったものの,その上の第二展望台への待ち時間はさらに1時間。そこまで行くのは諦めました。コロナ禍だというのにすごい人出です。

ぐるりと一周して写真撮っただけですが,新宿方面の写真をじっと見てると,

富士山がちゃんと写っておりました。展望台から見たときは気付かなかった。

コロナ禍の日本帰国,ざくざく散歩

Los Alamosでは見ない霜柱,道路脇の植え込みに見つけたものの,ざくざくと踏まれてすでに粉々になってました。みんな踏みたいって思うのね。

早朝散歩しないと,にょきにょき状態の写真は撮れないのかも。

田舎だと田んぼのあぜ道あちこちに霜柱を見つけたものですが,都会じゃそうもいかない。地面がぽっこり上がってるのを見つけると嬉しくなります。

コロナ禍の日本帰国,寒い年末

東京に戻った後,ちょろっと買い物したり飲み会あったりで,もう仕事納めの年末です。少々不完全な状況ながらも,これ以上の帰国時事業は進みそうにありません。証券会社との交渉も終わりましたので,とりあえず今年できることはここまで。あとは散歩して過ごしますか。

折しも日本全体が真冬,ここ東京も朝の気温0度です。北海道ではマイナス15度ですなんてニュースに流れてますが,Los Alamosでは毎日そんなものなのでさほど驚きません。そもそも0度なんて,あちらでは寒くもない。

と強がっても,湿度のある日本では寒い。Tシャツ着て,シャツ着て,セーター着て,ジャケット着ての外出。周りの人々はもっともこもこしていますが,ああいう上着買ったスーツケースに入りませんので,ここは痩せ我慢。今日も冷たい空気を楽しみつつ散歩して過ごします。

コロナ禍の日本帰国,クリスマスだった

雑然としていますが,実家滞在最後の夜の住居の様子。ベッドを持ち込んだキッチにはカーテンも無く,自分の服があちこちに放置。寒いながらもそこそこ快適なスペースとなっておりました。

この日は24日のクリスマスイヴ。一人静かにクリぼっちと思っていたら,隣のおじさんが一本持ってやってきて,思い出話に花咲かせる夜となりました。

25日,東京移動後にそのまま夜まで爆睡。

もちろんクリスマスらしいことなんてありませんが,シュトーレンだけありました。近所のケーキ屋さんのものだそうです。

普通のシュトーレンとは違う形ながら,ドライフルーツ,ナッツ,それにマジパンの入った本格的なもの。

コロナ禍の日本帰国,再び東京へ

実家でのあれこれをあらかた終えました。電気,電話,水道,ガス,NHK,全て止めました。溜まった郵便物の中から定期的に郵送してくる業者等にも連絡し,停止するよう伝えました。

やがて更地に戻され,新しい家がここに建つことでしょう。残りの諸手続きは全て不動産業者と司法書士に依頼し,一旦東京の親戚宅へ戻ることにしました。

まだ全て終わったわけではありませんが,これ以上実家で生活できません。土曜日の朝,ブレーカーを落として福岡空港へ向かいました。

少なくとももう一回は福岡に戻る必要がありますが,それは数ヶ月後でも何とかなりそうです。1,2週間様子見た後にアメリカに帰国するか,今検討中。仕事も溜まっています。

アメリカ帰国も次第にややこしくなってきているようですが,今すぐ戻ってもどうせ冬休みなので,少なくとも年明けまで東京で本来の仕事をちょっと片付ける予定。とりあえず原宿でやってたBanksy展に行ってきました。

コロナ禍の日本帰国,マスク忘れ

今はどうなってるか知りませんが,アメリカでマスク付けるのは建物内のみです。おまけにどんなマスクでもいいので,普段は車の中に布マスクを常備しておき,車を降りるときにそれを使うスタイルが定着しておりました。それが理由と言い訳になっちゃいますが,しばしばマスク無しで外に出てしまいます。

車を発進させた後で,あっ!

近所のコンビニに入ろうとして,あっ!

車に持ち込んでるのに,付けずに車を降りて,あっ!

ほとんどの場合,他の人のマスク顔を見て気づきます。あるいは店入り口のマスク着用サイン。

いい加減学習して然るべきなのに,まだまだうっかりが続くのは,考え事があまりに多いせいに違いない。