自宅待機なので今日から在宅勤務

海外帰国者のみならず,州外からNew Mexicoへと帰ってきた人も14日間の自宅待機です。そして偶然にも職場から在宅ワークの通達。今日から自宅での仕事と相成りました。この在宅勤務,在宅ワーク,そしてテレワークの違いがよく分かりませんが,テレワークを自宅でするのが在宅勤務なのかな。

元々通勤にはほんの数分しか要しない環境なので在宅勤務のメリットはあまり無いかもしれません。仕事も全てコンピュータ上です。強いてい言うなら,同僚との会話の煩わしさが無い,会議が無いのが利点かも。

ちょっと困っているのが,資料が手元にないこと。帰国してそのまま在宅になってしまったので,オフィスに資料を取りに行く暇がありませんでした。オフィスに入れないことはないのですが,絶対に無いと困るというほどでもなく,まあいいやというのが現状。

あと,仕事への集中力を持続させるのがちょっと難しいかもしれません。音楽聞き放題だし,ドリンク・おやつ取り放題だし,ピアノもすぐそばにあるし。もちろん酒は飲みませんよ。

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冠禍の日本を脱出して禍の国へ到着

福岡空港から成田へ。まずこのチェックインで躓きました。ANAとDeltaは提携していないので,元々通しのチェックインはできないのですが,スーツケースだけはAlbuquerqueまで預けられるはずです。それがうまくいかない。

成田でスーツケースを一旦受け取って再度預けなおす余裕はありません。ANAの職員さんもDeltaに電話をかけるまでしてくれて,なんとかそこはパスしました。

この時期の成田行き,当然ながらガラガラです。この非常事態に海外に飛ぼうなんて人は,あちらへ這々の体で帰国する人くらいなもんです。

成田第一ターミナルの南ウィング,Star Alliance側。全くの無人です。

そして北ウィングSkyteam側も,地上係員が暇そう。不幸中の幸いというのか,いとも簡単にチェックインできました。福岡で預けたスーツケースもちゃんと確認してもらえ,安心してSeattle行きへと乗ることができます。

国際線もご覧の通り,キャンセルだらけです。そんな中,Seattle行き便を飛ばしてくれたDeltaに感謝。乗客はおそらく2割以下だったので,大赤字の筈です。

ところでこのSeattle便が,最後の成田発Delta便だったようです。今後は全て羽田発着になります(そしてその羽田発をキャンセルされた)。

搭乗直前,パイロットさんが搭乗口に現れて最後のスピーチを行いました。今日は記念すべき日であることを伝え,成田の地上係員へ感謝を述べました。機体がボーディング・ブリッジを離れるときは,成田の係員もちょっとばかり感傷的になっていたように思います。

SeattleからSalt Lake City,そしてAlbuquerqueと,キャンセルも無く順調に飛びました。乗客は極端に少なく,機内サービスもありません。でも帰りついただけでも幸運です。

ABQでのレンタカーオフィスに誰もおらず,ちょっと焦ったのが最後のイベント。なんとレンタカー数社の対応をたった一人でやっておりました。それほどまで旅行者がいないということ。まさに異常事態です。

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冠禍での日本滞在,脱出できるか

犬も歩けば棒にあたるくらいなので,人も歩けば黒いものにあたります。なんでこんな所に落ちているのか。なぜここで脱ぐ必要があったのか,どうして黒なのか,妄想は尽きません。

でも妄想している暇はありません。Delta航空から不吉なメール。LAXからABQのフライトがキャンセルになったらしい。でもまあアメリカ国内ならなんとかなります。どこか別の空港を経由する便に自動的に変更になるだろうと,深く考えませんでした。

そして昨日のこと。フライトスケジュールがなんだか変です。土曜日に羽田発だったはずなのに,いつの間にか日曜日の便に変わっています。しかもアメリカ国内便は全く未定。これはひょっとしてやばいんじゃないかと,Deltaに電話しました。

どうやら羽田便はもう無理。急遽成田発に変更してもらい,それに合わせて福岡から成田への便も確保。

成田での乗り継ぎ時間が少ないのですが,贅沢は言ってられません。取り敢えずこのフライトなら家まで戻れそうですが,どうなることやら。

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冠禍での日本滞在,ロプノールピアノ

小学生の頃にピアノを始め,まともにレッスンを受けていたのは大学時代まで。その間,引っ越しもありピアノもそれに合わせて移動してきました。

このピアノは元々同居していた祖母のものですので,僕が生まれるより前のもの。それを練習に使い始めました。

僕は中学時代に近くの町に引っ越し,でも暫くはピアノの置かれた祖母の家まで通って練習していたものの,やはり不便だからと自宅へ運送しました。後から聞いた話ですが,祖母はたいそう悲しんだんだとか。

時は流れて僕も大学卒業。もう誰も弾くことが無くなったピアノは,再び祖母の元へ。でも彼女がピアノに触っていた形跡もなく,東京の従姉妹と僕が弾く賛美歌「主よ御元に近づかん」を最後にしばし沈黙したようです。

その後,本家を守る叔父が亡くなった後,うちの母が再びピアノを自宅へと運搬したようです。でも僕は渡米,調律されることもなく,随分と酷いコンディションのまま10年の歳月。

そして先週,実家の整理をしながら,もうこのピアノは処分するほかないなと親戚と話していたら,従姉妹が「ピアノの練習したい」と言うじゃないですか。

古いピアノなので,運搬,修理,調律,全部で20万円の見積もりとなりました。正直,新しい電子ピアノを買ったほうが良いと思うのですが,思い出のピアノを温存してくれるというのだから嬉しい限りです。せめてあと10年,このピアノが音楽を奏で続けられたらと思います。

ところでピアノの上に置かれた青い本は,子供のピアノ練習で定番のソナチネアルバム。僕が子供の頃に使ったものですが,開いてみると自分の書き込みがありました。高校か大学時代,ソナタ形式と和声の勉強のために書き込んだもの。ソナチネは構造が単純で定形通りに書かれたものが多いので,音楽の勉強にはもってこいです。

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冠禍での日本滞在,鉄分の記憶

ブログ更新滞り気味ですが,まだ実家の片付けを行っております。さらに出てきたのが子供の頃に国鉄であちこちを彷徨っていた頃の入場券コレクション。全部で50枚以上はあったでしょうか。鹿児島本線の全駅を制覇しようとしていた形跡もありました。

廃線に伴って消滅した駅の入場券もあり,もしかしたらコレクターズアイテムかも。ちょっとマニアックすぎますかね。

こちらは西鉄バスの回数券。初乗りが140円の時代なのかな。全く記憶にないのですが,それほど古くは無いと思いますので,もしかしたらまだ使えるのかも。

そして,最も「金目のもの」,現金。

100円札は,叔母の「入学祝い」と書かれた封筒に入っておりましたので,小学校の入学祝いでしょうか。古銭として買い取ってもらったら,数百円くらいになるかもしれませんが,そこまでの交通費でちゃらですね。

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冠禍での日本滞在,BEAR

九重連山の涌蓋山の裾野の小高い丘のてっぺん。車がすれ違うこともできないような細い山道,さらには砂利道となって,本当にこっちで道は正しいのか不安になってくる頃,小さなカフェ BEARがあります。カフェの建物の写真を撮り忘れてしまったのですが,絶景ロケーションです。

薪ストーブが燃え,手作り感あふれる店内,ぽつんと一軒家そのまま。

メニューはカレー,ハンバーグ,それにその日のケーキ。こちらはベーコンエッグカレー,とても美味です。

店主の人柄もよく,楽しいひと時でした。でももっと気になったもの,それは,

店内にさり気なく置かれたスピーカー,YAMAHAのNS-1000。知る人ぞ知る名機です。これ,ほしかったなあ。

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