「Science and Computer」カテゴリーアーカイブ

返事をする人,しない人

日常生活では次第に電子メールが衰退しつつありますが,仕事上は相変わらずこれがメインのコミュニケーションツールです。そんな電子メールの黎明期の話。

ワークステーションをネットに接続し,一晩がかりで通信設定し,やったついにメールを送受信できたぞと祝杯を上げた時代。そこへ個人のパソコンが接続された頃から通信量はうなぎ登りとなり,ディスクがパンクするんじゃないかとひやひやしながらワークステーションを監視していました。

少しでも通信量を減らそうとメールは極力簡潔に,そんな貧弱ネット環境時代が染み付いてしまった関係上,今でもメールを書くときは余分なことを全部削除する習慣が残っています。

余分なこと,それは返信時に元のメールを含めること。某社の陰謀により,そんな金魚のフンのメールがあたかもビジネスの常識かのようになってしまいました。手作業で削除しなければ,過去の通信がだらだらと追加され,これが我慢ならない。

特にイラつくのは,そんな何百行もあるメールのてっぺんに一言,Thank youと書かれただけのもの。スマホで返信すると,こんなのになりがちです。

さて,相手にメールがちゃんと届いたのかどうか。Thank youメールでも,戻ってくればそれで確認できますが,あまりに些細なことでも必ず返事する人はちょっと煩わしい。

他方,そういうのを一切やらない人もいます。重要書類の受け取り確認くらいしてくれてもいいのにと思うのですが,こればかりは人それぞれ。返事しない人なんだと覚えておけば,それはそれで仕方ない。

話は過去に戻ってメール黎明期。日本からアメリカの有名な研究者へ何度かメールしたことがあります。ぺーぺーの自分からすると畏れ多い方ですが,必ず丁寧な返事をくれました。

1週間後,郵送で。

その手紙,今でも大事に保存してあります。

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日曜朝のネット切断

少々朝寝坊して,さて日経新聞読みながら朝ご飯と思った日曜日。ネットに繋がりません。またモデムのトラブルかと再起動してみるも,症状に改善なし。

念の為ケーブルの接続も再確認しましたが問題なし。こういう場合,取り敢えず待ってみるというのが消極的改善策。自宅のネットに問題ないなら,あっちの問題です。そのうち何とかなるでしょう。

ネットが無いのは仕方ない。ネット無しでできることをしようと,文書を開こうとしたら,

文書はネット上

しゃあない,ブログでも書こう。

ブログが開けるわきゃない

いつまで続くんだよと調べようものの,ネットが無ければWebも開けない。仕方ないのでiPhoneのLTE回線にパソコンをつなぎ,電話会社に問い合わせ。

電源は入ってるかだの,ケーブルはつながってるかだの,モデムを再起動してみろだの,通り一遍の対応の末に,

「その地域でネット障害の報告がでてるね」

それを先に言えってんだよ。

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図書館消滅

同僚との話題が職場の図書館に及んだときのこと。あの地下に仕事で使える机があるんだとか。そう言えば昔,書庫に籠もってた際,そんな机で古い文献を調べていたことがあります。でも今どき古い論文は目の前のパソコンで全て見ることができ,書庫に用事はありません。

書庫へ入ったの? と尋ねたら,そういう用事では無く,単に仕事場所を探してたんだとか。書籍はもう置いてないんじゃないかと言います。

確かにかつて図書スペースだった場所の本は,何年も前に全て消滅し,共用のミーティングスペースへと変貌しています。文献も全て電子化されて,書庫と呼ばれるものはもう無いのかも。

大学に勤めていた頃,あのカビ臭い書庫は,ある意味非日常空間でした。今日は気合い入れて文献を集めるぞと,書庫に半日籠もり,興味ありそうな論文を片っ端からコピーしていました。

ちょっと疲れたら古い雑誌コーナーへ。昔の音楽関連,コンピュータ関連の雑誌記事をぱらぱらとめくるのも楽しいものです。でも今じゃそれもネットのどこかにある話。

書庫は英語でArchive。古い電子情報を保存するのもアーカイブ。同じと言えば同じですが,あのカビ臭さだけは失われてしまいました。

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密室での内緒話

普段,オフィスのドアは開きっぱなしで,誰でもWelcomeとなっています。仕事中は必ずドアを閉めて引き篭もるタイプもおりますが,大体は開放型。オフィスで誰かと話していれば,声はダダ漏れです。

でもあまり人に聞かれたくない微妙な話をすることも,ままあります。往々にしてお金関係と人事関係,それと他愛も無い噂話。そんなときは,そっとドアを閉めるわけです。

ドアを閉めたら密室です。そういう状況でちょっとuncomfortableなのが,相手が女性の場合。そりゃなんもないですけど,締め切った部屋の中でひそひそ話ってのは,ちょっとねえ。

本日のひそひそ話は,とある海外の研究者の窮状。国の方針でプロジェクト存続の危機となり,今まで積み上げてきたものが砂上の楼閣となりつつあるとか。国立研究所なのでお国の都合に左右されるのは致し方ないとしても,ばっさり切るっていうのはねえ。

で,彼,どうすんの?との質問に「政府が変わるまで待つしかないわよ」

それもなんだかなあ。

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それならもうやったよ

先日Poland出身の友人とカフェで雑談していたときのこと。話題はR国の科学者の典型的な立ち振る舞いで,ちょっとばかし盛り上がりました。国民性なのか旧共産圏で生き延びるための精神構造なのか分かりませんが,何かにつけ「それはうちが先にやった」という言葉をよく聞くのです。そりゃスプートニクは先だったけど。

以前僕が大学で講演したときのこと。講演終了後,見知らぬ人がつかつかと僕に近づいてきて,君の講演は実におもしろかった。でもそんな計算ならとっくの昔に我が国でやった。ただ当時は鉄のカーテンの向こう側,西側には伝わらなかったんだって。

はいはい,と適当に聞いておきました。そんな昔なら,とんでもなく巨大なコンピュータを使ったって絶対にできないような計算です。ま,なんか簡略なのをやった人がいたんでしょう。

さらに別の機会でのできごと。とあるノーベル物理学賞受賞者の有名な理論があるのですが,あれは盗まれたんだと主張するR国人もおりました。当時は鉄のカーテンの向こう側で ...以下略。

実話ならそれなりのスクープでしょう。でもそれがスキャンダルになったと聞いたことはないし,似たような理論が偶然同時期に別の人から提案されても不思議ありません。オリジナル主張はほどほどに。

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なんでこれで動くのか分からない

以前作って長いこと放置していたプログラムがあるのですが,数日前から俄然やる気に目覚めて取り組んでいます。とある共同研究の一貫で書き始めたプログラムなのですが,なんとなくやる気全開にならないまま月日が流れていきました。

どれくらい流れていったのか。ファイルの日付を見て俄然としました。なんと3年前ですよ。2016年からずっと放置。共同研究者も,呆れを通り越して,すっかり忘れてるっぽい。

コンピュータ・プログラムって,自分で作ったものであっても年月が経ってると,何をしてるのかさっぱり分からなくなります。最近はそういうこともあろうかと,なるべく丁寧にコメントを入れるようにしてはいるのですが,それでも「なんじゃこりゃ」となることしばしば。

先程もパソコン画面を睨みつつ,うーむと唸っておりました。なんだろうこれ,なんでこれで計算できるんだろう。

僕は自分で書いたプログラムは職場の同僚・後輩にそのまま渡しています。使って便利という理由だけではなく,中を読めば何をやってるのか勉強になると思うから。教科書で勉強するより,ずっと効率が良いはずなのです。

でも残念なことに,中を見ようとする人は極わずか。みんな勉強しないなあと少々不満だったのですが,理由は別にあったようです。自分で書いたプログラムを自分が分からないのに,他人に分かるはずがないと。

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