「Music」カテゴリーアーカイブ

やってきました

どうせ数週間はかかるだろうと諦めていたピアノの配達、それがなんと本日到着いたしました!

数日前に電話したときには、金曜日に店に着いてそこでチェックし、来週月曜日配送と言われました。が、ほー、そーかいそーかいと聞き流していました。

それが昨日になって、土曜日に配送するって言ってるじゃないですか。最初に出た言葉は「うそつけー」だったもんね。ほんとに。

それがそれが、本当に来てしまったんです。本日。小型トラックが家の前に止まり、運送屋のにいちゃんが玄関にやってきました。開口一番、

「 大型テレビの配達にきたよー」

しばし絶句。。。。気を取り直して、

「 うちのじゃ無いよ、それ…」

「 はっはっは、冗談冗談、ピアノだよ、ピ・ア・ノ!」

おまえなぁ。。。

なにはともれ、河合の一番ちっちゃなグランドピアノは無事居間に据えられ、くだんの超陽気なにいちゃんは、

「 ここんとこ、ひびが入っちゃったけど、気にすんなよー」

と、たちの悪いジョークを飛ばして帰って行きました。

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イタリアの音楽

外国に行く度に…えーっと、アメリカも日本からすれば外国ですが、要するに日本とアメリカ以外の国に行く機会ある毎に、町中で楽譜屋を探し、変わった曲を物色します。弾く弾かないは別にして、単なる蒐集癖。知った曲の楽譜を買ってもつまらないので、勢い聞いた事も無い様なローカルな作曲家に行き当たる事になります。

イタリアで見つけた楽譜を2つ紹介。最初のはSebasieano Caltabianoという人のハ調ソナタ。Milanoの楽器屋で見つけました。作曲年が1978年となってますので、新しめの人かとも思いましたが、調べてみると1899生まれで1987年没とのこと。PoulencとかSchostakovitchあたりと同年代ですね。

このソナタの作風は…調性があるような無い様な、冒頭はハ短調で始まり、次の小節はト短調か?全体はかなり派手目な感じですが、少々間違って弾いても、絶対にばれないような音楽。

もう一つのは、Triesteというイタリアの港町で買ったもの。作曲家はMario Goiという名前ですが、どんな人なのかさっぱり分かりません。楽譜につけられたcopyrightは1958年となっていますので、やはり20世紀初めの頃に生まれた人なのかも。作曲者による前書きらしきものが付いていますが、全文イタリア語なのでお手上げです。

曲は10 Studi Capriccioという名前で、Studiってのは多分練習曲ということなんでしょうね。曲は古典っぽく聞こえます。おもしろくはありません。

練習曲のためか、運指が事細かに指定されています。ほとんど全部の音符の上に、1から5までの数字が振られているんですが、その中になぜか時々7という数字が…足の指かなんか使って弾くんですかね、これ?

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ピアノその後

今日は待ちに待ったピアノ配達の日。運送屋の手違いで一週間遅れとなってしまったものの、待つのもまた愉し、一週間なんてあっと言う間です。設置場所を確保し、床を傷付けないようにカーペットも用意して、完璧な受け入れ態勢でハレの日を迎え……る予定でした。

昨日の話です。ピアノ屋さんから電話。配達時間の確認でしょう。

「明日、ピアノ配達の予定になってますね…」
「ええ、そう聞いてますけど?」
「実は……」

きたきたきた!

「在庫のピアノに、ちょっと問題があるんですよねー」
「ありゃりゃ。。。」
「代わりのピアノを別の支店から送るから…」
「ほぉ。。。」
「ちょっーと時間がかかっちゃうんですよねー」
「はぁ。。。。で、来週の金曜日になるわけ?」
「うーん、カリフォルニアから送るから、10日…いや2,3週間かな」

いくらここが田舎だからって、カリフォルニアからトラックで3週間もかかるかい!

この話を聞いたアメリカ生活の長い友人たちの反応

「電話してきただけ、ましよー」

「3週間? じゃ、配達は9月ね」

さすが皆さん、完璧に免疫ができてます。

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大きな買い物

月曜夜、ネタは読者にそっぽ向かれがちな変な音楽ネタ。今日の話題は二日前に決めていたので、特に考える必要もありません…となる筈でした。

実はピアノを買ったのです。長年のアパート暮らし、アクースティックピアノなんぞ望むすべも無く、ずっとクラビノーバで我慢していました。でも子供のレッスンのためにも、本物のピアノが欲しい。Los Alamosのキャニオンに飛び降りるつもりで150km離れた町Albuquerqueの楽器屋に足を運んだのは、今年の1月のこと。

この楽器屋さんは、New Mexico唯一のヤマハの代理店。色々と試弾して何とか希望を一種類に絞ったものの、少々(かなり?)予算オーバーです。店で散々悩んだものの、今買うと生活を圧迫するという理由で、購入を延期しました。

時は流れて今月初め。少し溜まった貯金を頼りに、小切手帳を手に再び
Albuquerqueの店へと出陣しました。今回は絶対に買うぞ、との決意とともに。店に到着すると…

倒産していました (涙)

仕切り直しです。ピアノに詳しい知り合いから、Albuquerqueの別の店を教えてもらい、そこを訪ねたのが、先週の土曜日。ここは河合とSteinwayを扱っています。とーぜんSteinwayなんて手がでませんので、自ずとターゲットを河合に絞ってピアノを選びました。

先日、ヤマハで選んだのと、ほぼ同レベルのピアノがあったので、それに決定。支払いを済ませ、配達日を月曜日に指定して、意気揚々とLos Alamosに引き揚げて来たのでした。月曜日のblogネタとしてピアノ。新しいピアノの写真がどーんと出た記事になるはず。

でもでもここはアメリカ。やっぱり普通に事は進みません。午後、楽器屋と契約している運送屋から電話あり。

「今日、ピアノをそちらに配達することになってたわよねー」
「うん、で、何時頃持って来るの?」
「それがさぁ、配達の日、間違って来週の月曜日に入れちゃったのよねぇ」

でたでた。またこのパターン。でも、もう怒ったりしませんよ。笑ってます。

「ははは、そりゃ困った。で、今日は持ってこないわけね」
「えぇ、トラックがコロラドに行ってるから無理ねぇ。来週月曜でもいい?」
ダメ!
「でもどうしようも無いのよ」
「今週、いつなら配達できるの?」
「えーっと、金曜日の午後ね」
「じゃあいいよ、それで。って言うか、選択の余地無いんだろ」
「無いわねぇ。。。」

敬語の無い英語を意訳してますけど、電話での会話、まさにこんな感じです。先方のミスでも全然悪びれる風でもなく、「仕方ないわねぇ」だもんね。でも、怒ったりするだけエネルギーの無駄。こっちも「またかよ、仕方ないなぁ」…

というわけで、新しいピアノの話題は来週に持ち越しです。

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La Mer

日本は「海の日」の休日なんだとか。こちらは勿論通常出勤、しかも海にはちょっと縁の無いNew Mexicoです。比較的海に近い所で育った自分ですので、たまに海が恋しくなることもあります。

ファルファーレさんの所に、丁度「海の日に聴きたい曲」という記事が出ていました。海と言えば、Debussyの交響詩”La Mer”。交響詩と訳されますが、Trois Esquisses Symphoniquesは3つの交響的写生とか言う意味。その名のとおり、まさに海を音として写し取ったような音楽です。

作曲されたのは今から丁度100年前の1905年で、1905年と言えばEinsteinが特殊相対性理論を発表したので有名ですが、Debussyは物理なんぞ気にせず、北斎の富獄三十六景の神奈川沖波裏からインスピレーションを得て作曲したという話。そのためか、CDのジャケットには北斎の版画が使われることが多いです。

全体は3楽章から成り、曲最初のチェロの短い動機が全曲を統一する循環主題になっており、交響曲と呼んでも良いような形式となっています。終楽章最後のコーダでトロンボーンが強奏するのは、この動機の逆の形。

変形された幾つかのモチーフが、全曲を通じて繰り返し利用されるのと、それらモチーフがロマン派の旋律のようにあまりはっきりしないので、音楽を聴くというより音響の風景を聴くという感じがします。Debussyは印象派という「派閥」で語られますが、実際はクラシック音楽の中での特異点で、そういう意味では1915年に発表された一般相対性理論とも関連があります。

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日本語音楽用語

多くはイタリア語である音楽用語には、例えばSinfonia (Symphony) は交響曲とか、Concertoが協奏曲などのうまい訳が当てられています。Sinfonia, Conertoは、時代によってやや意味が異なりますが、音楽史の専門家じゃないのでそれはおいといて。

Concertoは、ソロあるいは少人数のグループと、大人数のグループが「競争して演奏」するものですが、上手い漢字を当てたもので、協奏曲は和の国日本では「協力しながら演奏」する音楽となります。交響曲に至っては、交わり響きあうというこれまた中々凝った和訳です。

あまり一般的で無いのにSonataがあります。某テレビドラマのおかげで今では子供すら知っているソナタですが、これに当てられた和訳は「奏鳴曲」。元々は「演奏される」という程度の意味だったと思いますが、これが「演奏され共鳴しあう音楽」という、なんとも雅な名前です。ちょっと説明に無理がありますけど。

Bachの数々の作品でおなじみFuga。一つのテーマを、輪唱のようにずらしたり調性を変えたりしながら紡いでいく、複雑かつ千手観音のような手が必要な音楽。これに当てられた日本語は「遁走曲」。なんだか重みがありません。厳密に同じ旋律をコピーする音楽はCanon。これは複製曲と呼ばれます(嘘です。追走曲、他の訳もあり)。

あまり知られていないものとしては、例えばPassacaglia(パッサカリア)は低復曲、Tarantellaは毒舞曲、Ragtimeは楽時曲、そしてHanonは鍛指曲と呼ばれています。

手抜きして脳内辞書だけでこれを書いています。嘘を言ってるかも。

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