「Music」カテゴリーアーカイブ

愛の夢 第三番

Liszt編曲のBeethoven交響曲集の話題を出しましたが、実はLisztの楽譜でこれ以外に持っているのは、「愛の夢第3番」だけです。書いているだけで恥ずかしくなる様な表題ですが、甘〜いChopinを茶化したパロディという説もあるので、少々くさいタイトルで丁度良いんでしょう。

それはさておき、Lisztを弾かない理由。いや、弾けない理由。難しいからです。それだけです。はい、おしまい。

もうちょっと言うなら、Lisztの曲にはやたらと10度音程(ドからオクターブ上のミまで)が出てきますが、「小さな手のLiLA」はこれが届かないのです。

それでも愛の夢の楽譜だけは持っています。有名な曲だからというより、曲最初の部分の和音がどうなっているのかを知りたかったのがその理由。旋律はとてもシンプルで、単に「み〜〜〜(Cの音)」を繰り返しているだけ。それが何故あんなにきれいに聞こえるのか、不思議でなりませんでした。

下の楽譜は、その不思議がっていた当時、ノートに書き写した和音。たった数小節の、それもとても単純なメロディーなのに、それを彩る和音によってこんなに音がきれいにに響くことを知った瞬間でした。



変イ長調の主和音(A♭)に始まり、次の小節では平行調同主音調であるヘ長調の属七(C7)にジャンプしています。次の和音は変ロ長調の属七、次は変ホ長調の属九。全く和音を解決しないまま(というか、解決する度に七度音を加えて下属調に転調)、変イ長調の属七和音となり、やっと主和音に解決。

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Liszt編曲Beethoven交響曲

C. KatsarisがF.Liszt編曲Beethoven交響曲全集を出したのは1980年代。この難曲を余裕で回る指で弾きこなすのに、聴いていて呆れました。管弦楽の編曲ものは比較的簡単に弾けるようにしたものが多いのですが、このLiszt編曲は全く妥協無し、全声部を忠実にピアノ譜に移し替え、一方では非常にピアノ的な音形に置き換えたりして、独奏曲としても十分な音楽になっています。

その分演奏は難しく(Lisztの曲で難しくない曲なんて無いですが)、例えば田園の第2楽章、ゆっくりした音楽ながらも、これは4手用編曲かと思うほど。ちなみにKatsarisですが、Liszt編曲にさらに音を加え、より難しくしているそうです。

これは7番交響曲の第2楽章冒頭。コントラバスはチェロのオクターブ下を弾いているだけだし、pなので、自分がトランスクリプトするなら左手は単音するところ。でもLiszt版にはしっかりとコントラバスのパートが加えられています。この楽章では同じ旋律を何度も繰り返しますが、この後、左手はアクロバットのように鍵盤の上を飛び跳ねることになります。


田園1楽章中間部、ファゴットとヴァイオリンがカッコウの音形でかけあうところ。とてもシンプルな楽譜ですが、実は左右の手が交差しています。何か意図した理由があるんでしょうが、凡人には理解不能。考えられそうなのは、2小節目で最初に右手でドソを弾いたら、そのタッチを変えないようにして最後まで続けるということか。


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Ave Maria

先日書いたBurgmuellerでふと思い出した話。子供の頃住んでいた町のはずれに、廃校になり閉鎖された女子高がありました。どういう経緯で廃校になったのかは知りませんが、私立だったのできっと経営難だったんでしょう。

こういう場所って、悪ガキ連中にとっては絶好の遊び場です。有刺鉄線の柵を潜り抜け、荒れ放題の校舎に侵入します。教室内にはまだ机が整然と並び、黒板には最後の卒業生が書いたらしいお別れの言葉が散りばめられています。

教室を探検した後、友達らと講堂に入りました。無人の講堂は死んだような無音の世界。床を歩く音だけが響きます。

ステージの裏側に行くと、小さなリードオルガンが置いてあります。試しに弾いてみると、まだ音がでます。がらんとした講堂に、BurgmuellerのAve Mariaが響き渡ります。

その時、入口付近から、カツーン、カツーンという足音が。

友人は「やばい、管理人が来たやんか、お前がオルガンなんか弾くけ」

二人して講堂の裏から外へと走ります。建物を回り、管理人が中に居るかどうか、入口からこっそり中をのぞきました。

講堂内の空気は再び凍りつき、動きはありません。

「誰もおらんやん」…

そう話した瞬間、今度は何故かステージの方から足音。

カツーンカツーンカツーン

近付いてくる姿の見えない足音。全身に感じる冷気。廃墟の出口へと、絶対に後ろを振り返らずに走りました。背後からは、硬い足音だけが大きさを増しながら近付きます。

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ベト7ブラ2

清く正しいクラシック少年だった頃,Beethovenの7番の交響曲は第7交響曲であり,Mendelssohnのヴァイオリン協奏曲はヴァイオリン協奏曲ホ短調でした.でも「通」はそう呼ばないと知ったのは,大学に入ってオケ関係者とつき合うようになってからのこと.

Beethovenのイ長調の交響曲はべとしちです.ホ短調協奏曲はめんこんです.

日本では音楽には必ず表題があるものであり,絶対音楽のようなプログラムを持たない音楽は理解されにくいようです.そのせいか,「田園交響曲」や「幻想交響曲」のように作曲家自ら標題を与えたもの,あるいは「運命」や「皇帝」のようなニックネームがついた曲はポピュラーですが,7番の交響曲のような絶対音楽はちょっと影が薄い存在になっています.

そんな状況を打破するのが,この俗称.Dvorak(ドヴォルザーク)の9番の交響曲「新世界より」と言えば誰しも「家路」のメロディーを思い浮かべますが,8番の交響曲と言われると,途端に「何それ?」の世界に陥ります(イギリスと呼ばれる事も稀にあります).でも心配御無用,「ドボはち」という立派な愛称があります.「ドボコン」と言えばチェロ協奏曲を差します.高専の学生がNHKに出場する番組ではありません.Dvorakにはヴァイオリンとピアノの協奏曲もありますが,メジャーなのはチェロ.

Dvorakはドヴォルザークとかドヴォルジャクとか言われますが,これを正しく発音するのは非常に困難.以前,スロヴァキア人の知合いに正しい発音を聞いたことがありますが,何度聞き返しても同じように発音することはできませんでした.カタカナではドヴォジャクの方が近いように聞こえます.

「べとよん」とか「ちゃいご(Tchaikovskyの第5交響曲)」と同じ法則で行けば,Brahmsの第2交響曲は当然ぶらにとなります.「ブラは普通1,2じゃなくてABCだろ」と言って,女友達から思いっきり引かれてしまったのも今では笑える思い出.Ob-la-di, Ob-la-da, life goes on Bra !で,「人生はブラジャーの上を流れる」っていう訳を書いてたのは村上春樹だっけ.

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Burgmueller新旧

以前書いた古い全音ピースの続編というわけでも無いのですが、娘が今練習しているブルグミューラーの楽譜を見てちょっと気付いたこと。

写真左の楽譜は、自分が小学生の頃に使っていたもの。定価200円。右は娘が今使っているもので、定価500円。昔の全音の楽譜にはビニールカバーが付いており、そのおかげで長年さほど汚れもせずに今日に至りました。

このかわいらしい25の練習曲以外には全く名前が知られていないBurgmuellerはドイツ人。でも活躍の場はパリだったようで、この曲集のそれぞれの表題はフランス語で書かれています。全音から出ている楽譜には和訳が添えられていますが、その訳が自分が親しんだものとちょっと違っています。例えば、

  • 第4曲, Petite Reunion
    • 旧) 子供の集会、新) 小さな集い
  • 第14曲, La styrienne
    • 旧) スティリアの女、新) シュタイヤー舞曲(アルプス地方の踊り)
  • 第21曲, Harmonie des anges
    • 旧) 天使の声、新) 天使の合唱
  • 第23曲, Retour
    • 旧) 帰途(かえりみち)、新) 再会
  • 第25曲, La chevaleresque
    • 旧) 貴婦人の乗馬、新) 乗馬

さほど意味が変わらないものもありますが、第23曲のように全く違う訳が当てられているものもあります。この曲に関しては、何故訳が変えられたのか、楽譜の解説に書かれています。

第14曲、僕は「スティリアの女」という表題で慣れ親しんだ舞曲ですが、小学生の頃、なんだか良く意味が分からない表題だなと思ったことは憶えています。旧版の解説には、この曲がワルツであると書かれていますが、全音新版の方には、わざわざシュタイアー地方の地図まで載っており、この曲はレントラーと説明されています。確かにリズムはワルツの前身のレントラーのようです。

最終曲、持っている仏語辞書では「騎士道」とかの訳しか無いのですが、おそらく「乗馬」というのがそのままの訳なんでしょう。「乗馬」と「貴婦人の乗馬」という表題では、弾き方が変わってしまいます。貴婦人と付けば、優雅ながらもやや危なっかしいイメージになりますが、単に乗馬と言われれば勇ましいイメージ。

ところでこの作曲家のBurgmueller、1806年生まれということなので、今年は生誕200周年。ピアノを習った人なら誰でも馴染みある名前です。記念に25曲連続演奏などやってみては?

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フルート調整

1月半ばより我流で始めたフルート、なんとか2オクターブちょいの音階は吹けるようになりました。ネットでフルート情報を調べていると、フルートもピアノの調律と同様、時々調整に出さないといけないそうです。かなり古いものでもあるし、その調整とやらに出そうと電話帳をめくりました。

Los Alamosには楽器店が一軒だけあります。余計なお世話ながら、よくこんな所でビジネスが成り立っているなと感心する程。折角地元にあるんだからと、まずはこの店にフルートを持って行ったところ、フルート修理をしてるおじさんが事故にあって仕事ができないんだとか。

そのおじさん、いつ復帰できるか分からないらしく、Santa Feの何処そこの楽器屋に持って行けと言われました。普通ならとりあえずフルートをここで預かっておいて、それを外注に出しそうなもんなんですが、なんとも商売気の無い店です。Los Alamosの商店って、そういうのが多いですけど。

仕方無く50km彼方のSanta Feまで坂を下り、言われた店で調整を依頼。3日ほどで出来上がるからということで、一旦Los Alamosまで引き返しました。

翌週、待てど暮らせど楽器店から連絡はありません。業を煮やしてこちらから電話。

「先日お願いしたフルートの調整は、どうなりました?」

「あー、あれですね、ちょっと待って。。。。。えーっと、明日の午後には仕上がりますよ」

嘘こけ、おまえ、忘れてただろ!

何故か手間取った作業の後、フルートが戻ってきました。試しに吹いてみたところ、鳴わ鳴るわ。まるで違う楽器です。特に高い音。調整前は、高音ってこんなに難しいんだと、ぜえぜえ息を切らせながら吹いていたのに。

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