2008/08/13 水曜日

異国盆

カテゴリー: Miscellaneous — LiLA管理人 @ 23:04:28

日本のお盆は、天国のご先祖様が戻ってくるんだよ。すっかり日本の習慣に疎くなってしまった子供らにそんな話をしつつ、こんな異国の土地に戻って来る先祖の霊も大変だなと。まあ黄泉の国からやって来る分には、入国審査は無いだろう。

家族皆ベッドルームへと戻り、いつものように一人キッチンで仕事を続ける。夕方広がった雲は、雨雫はもたらさぬまでも、次第に風の勢いを強め、台所の窓を時たま大きく軋ませる。やがて風が途絶え、耳鳴りがするような静寂。読んでいた資料をテーブルに投げ出し、キャビネットのウィスキーを小さめのグラスへ注いで、ふと窓を見た。

武者が一人。ずたずたになった鎧をまとい、腰には太刀をはく。兜は砕け、そこからのぞく老武者の顔に生きた証は無い。うつろな眼の向こう側はそのまま漆黒の夜に繋がっている。その姿に一瞬体全体に電流が走ったかと思うと、声が出ない。

武者が低く太い声で呟いた。「敵の将、ここにあり」。400年探し続けた敵を認めた老武者は、束に手をやるが早いか、太刀を振り上げた。そのままの姿勢で、束を窓ガラスにぶち当て、割ろうとしている。

窓に大きな衝撃が走り、壁が揺れる。一度、二度。「敵を討ち取らん」。強い声が響く。体が動かない。今にも割れそうな窓ガラスを透かして、肉の削げ落ちた老武者の顔に目が釘付けになる。再び風が強くなる。

三度目、ガラス窓が大きく振動したかと思うと、太刀がみるみる変色し、錆びて朽ちた。老武者の右腕の手甲がするりと落ち、中の肉がみるみる腐って落ちて行く。400年の年月が蘇っていく。顔の皮は乾ききって縮み、兜の下に骸骨が不気味に笑う。

下あごだけが辛うじて動く。「ついに見つけたり」。鎧がどうっと落ち、露になった腐った肉をぼとりと落とした。その瞬間、強い風を受けた足は一瞬にして白骨化したかと思うと、骨は砕け、全身がガラガラと地面に落ちた。ゴォーっという木々を駆け抜ける風。老武者の太刀、骨、鎧は砂のように砕け、強風がそれを舞い上がらせる。樹木の枝々が大きく軋み、それが無念と聞こえる。

やがて窓には町灯りが戻った。風は止み、虫の音がかしましい。外に出て窓の下を見ると、美しい金糸細工の施された古ぼけた刀の柄が落ちていた。

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