夜、レストランでの小さな出来事

ホテルに到着したの時は10時過ぎ。面倒なので夕食は抜いてしまおうと、シャワーを浴び、ベッドに転がってテレビを見る。食欲は無いのに、疲れた体がビールを求め、その乾きが次第に強くなるばかり。仕方無くソファーに脱ぎ捨てたBrooks Brothersのストライプシャツを拾い上げ、財布をポケットに押し込んでホテルを出た。

すぐの所にあるファミレスRuby Tuesdayに入り、まずは赤ワインを注文して、メニューを眺める。深夜はメニューの種類が少なくなるらしく、ハンバーガーやシザースサラダ、ステーキのような何処にでもあるアメリカ料理しか見当たらない。ベーコンチーズバーガーを注文し、ワインをひと口飲むと、隣のテーブルの客が目に入った。

30代半ばと思われる、黒人の男女。夫婦なのか、単にデートなのか。男の方は、まるでプロレスラーかと思われる様な体つき。女の方も、負けず劣らずな体型。不思議なのは二人とも押し黙ったまま。僕がこの席に着くまえに、何か小さなドラマが繰り広げられ、まるでその嵐が雑草の一本一本までをなぎ倒してしまったかのような沈黙。

男の前には、半分程残ったビールのグラス。男はテーブルに軽く乗せた右腕を凝視し、口を固く閉じ、女の言葉を全て拒絶している。向いの女は、まるで男と目を合わせるのを避けるように、あるいはそれが自分の仕事であるように、一人黙々と料理を口に運んでいる。

僕の料理がサーブされるまでの10分程、隣のテーブルの極度な緊張感が、辺りの空気まで重く曇ったものへと変えて行く。男は不機嫌な表情を顔に刻んだまま全く動かず、女はフォークの上下を繰り返す。もしかすると、何か動きがあるのか。突然、大きな声で口論が始まるのではないか。見るつもりはなくとも、二人が気になる。

やがて女は料理を平らげ、ウェイターが請求書をテーブルに置く。凍り付いた静寂に小さな亀裂が入る。何か起こるのか。

その瞬間、男の頭が一瞬がくっと落ち、驚いたように顔を上げ、ウェイターと目を合わせる。

眠ってたんかい!

男は笑って支払いを済ませ、女と連れ立ってレストランを去っていった。

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「夜、レストランでの小さな出来事」への4件のフィードバック

  1. テレビドラマってのはどこにでもころがってるもんじゃあねいんですねい。

  2. すごく面白い実況中継でした。
    いつ男がテーブルをドン!と叩いて大声をあげるか期待しちゃいました。
    文才が無いとなかなかこうは表現できないもんで
    管理人さんの優れた文章力に、おーぃ山田くん生ビールジョッキでやっとくれ!
    けど、この二人はさっするところ夫婦ですよね。
    レストランで笑顔と会話を交わすか交わさないかが分かれ目ですね。
    人間ウオッチングほど面白いもんはありませんねい。

  3. Chieさん、いやマジでドカーンってくるんじゃないかと、内心びくびくしてたんですよ。まさか居眠りしてるとは思わなかったから。座ったまま、微動だにせずに眠るなんて、すごい特技です。
    なるほど、夫婦ならレストランでの会話も少ないでしょうね。結局、男の方はあまり腹が減ってないから、ビールだけで付き合ってたということか。

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