コロナ禍の日本帰国,再び東京へ

実家でのあれこれをあらかた終えました。電気,電話,水道,ガス,NHK,全て止めました。溜まった郵便物の中から定期的に郵送してくる業者等にも連絡し,停止するよう伝えました。

やがて更地に戻され,新しい家がここに建つことでしょう。残りの諸手続きは全て不動産業者と司法書士に依頼し,一旦東京の親戚宅へ戻ることにしました。

まだ全て終わったわけではありませんが,これ以上実家で生活できません。土曜日の朝,ブレーカーを落として福岡空港へ向かいました。

少なくとももう一回は福岡に戻る必要がありますが,それは数ヶ月後でも何とかなりそうです。1,2週間様子見た後にアメリカに帰国するか,今検討中。仕事も溜まっています。

アメリカ帰国も次第にややこしくなってきているようですが,今すぐ戻ってもどうせ冬休みなので,少なくとも年明けまで東京で本来の仕事をちょっと片付ける予定。とりあえず原宿でやってたBanksy展に行ってきました。

4 thoughts on “コロナ禍の日本帰国,再び東京へ”

  1. 父上の最後を見届けるまでの毎日も長かったと思いますが、
    今度は家の事、これがまた一筋縄ではいかない。
    お役所相手とか不動産屋相手とかその前は古物商の人とか、
    普段相手にしない人と一生分付き合ったって感じですか?
    電話を合計何回かけたんでしょう。
    疲れる暇もないというか、
    気力でやるっきゃない状況だけど、
    アメリカに残したお仕事が気にかかるだろうなーとお察しします。
    せめて東京での日々を気晴らしに当てられたらと思います。

    バンクシー展をしてるの知りませんでした。
    この画室の再現が事実に近いなら、
    この画家は私が思っていた人より幸福じゃないような気がします。
    シルエットの姿に惑わされているんでしょうねきっと。

    1. Chieさん,電話は大活躍しましたよ。一年半の間,無駄に電話代を払い続けたかいがありました。無人の家だったのに。その電話も解約,いまかけたら「おかけになった電話番号は。。」って流れるんでしたっけ。なんか自分でアナウンスを選んだような。
      バンクシー展,見応えありました。ああいう展示だとオリジナルってのが何なのかちょっと分かりませんが,意外と手広く作品作ってるんだなあと。原宿でやってます。一応入場制限はしているようですが,予約なしでも大丈夫そうでした。

  2. おつかれさまでした。ブレーカーを落とすというところがなかなかタッチーですね。尾崎紀世彦の歌だと二人でドアを閉めて二人で鍵をかけるので、タイトルも相まって何某かの希望につながるエンディングではありますが、本来の住人がいなくなってしまった家というのはそれだけで(関係者にだけでしょうけれど)悼みを感じる存在です。

    1. missssyさん,もう二度と電気が入ることのない家です。一応鍵はかけてきましたが,一人でドア閉めてきました。少々傾いてドアの開け閉めに隙間ができたりしていた家ですが,まずはご苦労さまです。これで戻るところが無くなってしまいました。

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