近所の駄菓子屋看板屋

前を走っていたのが広告看板作製会社の車で,ふと小さな看板ショップを思い出しました。

昭和の風景で必ず出てくるのが,近所の駄菓子屋さん。おばあさんが店の奥に一人,10円のチロルチョコやら,怪しげな当たり付き飴やら,売ってる雰囲気。そんな店が子供の頃近所にありました。

もっともそこは駄菓子だけでなく,日用雑貨も置いていたので,今で言うコンビニかも。その店で買う定番は「ブラックモンブラン」でしたが,それはさておき,駄菓子屋の隣に看板ショップができたのです。ばあちゃんの息子なのか,婿さんなのか,とにかくおじさんが一人で始めたらしい。

その小さな作業場に潜り込んでおじさんの作業を見ていたことがあります。アクリル板を糸鋸で綺麗に切り抜き,文字を作っていく。

でも記憶はそれっきり。そもそも作業場が使われている形跡もなし。あのおじさん,何してたんだろう。今の時代なら看板広告の仕事も多いでしょうが,当時はまだ早すぎたのかも。

駄菓子屋の場所をGoogle Street Viewで見てみたら,ごく普通の住宅になってました。そりゃそうだ,昭和の話です。

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4 thoughts on “近所の駄菓子屋看板屋”

  1. 私が昭和で思い出すというか今でも解らないのがマネキン人形工房。
    高窓にぶら下がってる腕や足のシルエットが夜はひときわ怖かった。
    マネキン人形工房だったと思ってましたが、
    義足や義手をつくる形成外科の仕事場だった。という意見もある。
    たしかに思い出せばアートな感じはなく地味な仕事場でした。
    それに頭部が無かったような・・・

    1. Chieさん,それは昭和じゃなくても怖いです。頭部がぶら下がってたらもっと怖いです。たしかに義手義足の工房なら個人に合わせて作るでしょうから,いろんな形のがぶらさがってるかも。怖い店ってのは覚えがないのですが,いかにも「ヤ」な事務所の入り口は足早に通り過ぎるようにしておりました。

  2. モンブラン(白い山)なのにブラックとはこれいかに、と思いましたが、そこは福岡県民の意地みたいですね。東京にも進出済のようで。幼少の頃過ごした家の近くにも駄菓子屋がありました。ヤジマという名前でそこの子供の矢島くんは同じ小学校の2つくらい下。交差点の角だったので、ある日ハンドルを切り損ねた車がつっこんでお店は大破。でも奥に座っていたおばさんは無事でした。その20年後、昭和もほぼ終わる頃に棟続きの集合住宅から火が出て、でも延焼は免れました。瀟洒な家に建て替わり、そんな数奇な運命を経たお店があったことを語る痕跡ももはやありませんが、矢島くんはまだ住んでいるんだろうかとふと思ったり。

    1. missssyさん,ブラックモンブランって佐賀の会社でしたっけね。大人になるまで,あれは全国どこでも売ってるものとばかり思っておりました。全国の駄菓子屋さんはコンビニにとって代わられてしまったようですね。もしかしたらその近所にヤジママートってあるのかもしれませんよ。あと10年くらいしたら,こんどは全部無人ショップになってしまうのかも。

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