Scientistの作品番号

作家,画家,音楽家,彫刻家,その他多くの芸術家の皆さんは,作品で後世に名を残します。僕たちのような職種になると,残るのは学術論文ということになりますが,実は一旦書き終えてしまった物にはあまり執着しません。芸術家によっては過去の作品を何度も手直しする人がいるのとは違います。そもそも出版された論文の手直しはほぼ不可能で,とんでもなく間違ってたら不承不承取り消しという形もありますが。

どちらかと言うと,僕たちが残してるのはコンピュータ・プログラムかもしれません。勿論何十年も経ったら陳腐なものとして忘れ去られる運命ですが,自分が成仏できる程度には残ってるはずです。

仕事柄,かなりの量のプログラムを書いてきました。驚くことに,学生時代に書いた旧式言語のプログラムで,今も誰かに使われてるものもあります。動くんだから良いんですけどね。

職場の大先輩に,そんなコンピュータ・プログラムで一世を風靡した方がおられました。ご本人は有名になろうとかそんな野心の全く無い方で,当時気前よくプログラムを配布してくれたので,多くの研究者がその恩恵に預かることができたのです。当時学生だった僕もその一人で,そのソースコードを貪り読んで勉強したものです。

その方は数年前に他界され,今となってはグループ若手に名前を言っても「そんな人,知らない」の寂しい返事。でも,あのプログラム書いた人だよと言えば「あぁ」となります。なんかそういうのを残してみたいもんです。

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8 thoughts on “Scientistの作品番号”

  1. 「コンピュータ・プログラム」
    これは素人の私にはどういうものかさっぱりです。
    数学は美しいと言いますから見ることが出来て理解も出来たらねぇ。

    もしLiLAさんがレオナルド・ダ・ヴィンチだったら、
    生涯かけて絵に手直しをしたいですか?

    1. Chieさん,数学やらなくてもプログラムは書けるんですけどね。もちろん目的によりますが。
      ダヴィンチみたいに超緻密な仕事は苦手です。きっと手直ししていくくらいなら,新しいのに取り掛かるでしょうね。

  2. ちょうどいまLiLAさんの旧式言語プログラムをいじりながら読ませてもらいました。LiLAさんより長生きできるように頑張ります(笑)。

    1. 現地委員さん,おそらくその旧式プログラムに関して,今日何度か質問がきました。本人は全く使わないんですけどねえ。

  3. LiLA管理人さんは残せていらっしゃるんじゃないでしょうか。
    私は後世に何か残すような才能は一つもないなぁ。
    絵でもアレンジメントでも、ある程度作ると嫌になって
    離れたくなってしまいます。あとで眺めると足りない
    ところだらけなので、そういう詰めの甘さも才能なしの
    原因なのひとつかなーと思ったりもします。
    かくしてガラクタだけ残して人生を終えて、姪っ子たちに
    すら速攻で忘れ去られるのだなと思ってます。ぅ…

    1. ポージィさん,いやぁ残ってないですねえ。特に残したいわけでもないんですが,「あーあの人」くらいは言われたいものです。絵もアレンジメントも,ちょっと離れたらまた戻ってくるでしょう。ぐるぐる螺旋状に回りながら進歩するんだと思いますよ。僕もなにかに凝って集中してると,ある時点で飽きちゃってしばらく離れてしまいます。

  4. ダナンで人食いバクテリアが少し流行り始めたんだなん より:

    最近、関わってるこっちの若手(いや、もう中堅か)研究者に最近呆れています。彼は色んな所、色んな人からコードをもらうことには熱心なのですが、コードを読んで勉強することをしない。何かの計算結果で細かいところを突っ込んで議論しようとしたら、何か要領を得ないので、「ちょっとまって、この計算結果の定義はどうなってるの?」と聞いたら、彼は物理量の名前を口にするだけ。その物理量ったって、近似なのか厳密なのか、色んな定義があるのに、定義と言ってもなかなか出てこない。説明したら、「あー多分、近似の方だ」というので「だったら厳密な計算と比較して同じになるわけないよね。この差は近似による違いなのか、そうじゃないかを議論するためには”どんな近似”か知らないと議論すすまないよ」と言ったら、今度はよく聞く近似名を口にするのだけれども、その近似ったって色々とやり方があるので具体的に聞くと何も答えられない。らちがあかないので、「じゃぁ、君の持ってるコードでアウトプット出来るデータを僕が持ってるサブルーチンを使えば厳密計算できるから、組み込むなり、一度データをアウトプットして計算するなりしてみて」と、僕のサブルーチンを渡したが一カ月たっても音沙汰なし。どうなったのかと聞いたら、「あんたのサブルーチンはfortran90で書かれている。僕はf66しか知らない」。でも、彼の持ってるコード、、、f77で書かれてるんですよね。。。問い詰めたら、学生時代に人のコードを読んで勉強したのがf66。人のコードをじっくり読んで勉強したのはそれだけ、ということが発覚。。。。定義も知らない、近似のバリエーションも知らない、コードの中身も知らない、で今までよく論文出せていたものです。でも、以前、フランス人でもそういう人いたんですよね。。。(恐ろしいことに出世が早く若くして教授になっちゃってますけど)。そういう人、案外、珍しくないのかな?

    1. ヨークシャーテリアだったら食べられたいんだなんさん,コードは魔法の道具と開き直ってる人もいますからね。ちなみにf77ではありません。FORTRAN77と全部大文字で書くのが流儀です。なぜならEBCDICにはもともと小文字はありませんでしたので。僕のコードはC++がほとんどですが,C時代を引きずってる部分はさすがにそこを読めとは言いにくい部分です。

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