開けない古い記憶,開けるかもの記憶

倉庫に入っていた開かずの箱から,3.5インチディスクがごろごろと出てきました。かつて捨てるに忍びず保管したままになっていたもののようです。

多くはノートパソコンのバックアップ。写真だのプログラムだの,そういうもの。中には写真のようなDOSのシステムファイルも入っておりました。起動できなくなったときにフロッピーから立ち上げるための緊急用か。

ディスクに入った写真は,多分全部いまもここに入ってるはずなので,すでに用無しです。そもそも読むためのドライブがもうありません。もういいやと,ゴミ箱行き。

一枚だけ,手元にコピーが無いコンピュータプログラムが入ったものがあったのですが,読み出してみたところで所詮ノスタルジーを満足させるだけと,これもゴミ箱行きにしました。

ディスクのみならず,CD-Rもたくさん入っていたのですが,こちらはまだドライブがあります。しかしながらCD-Rは劣化しますので,読めるかどうかは運次第。そちらのほうは動画が入ってるようで,でもこのパソコンの中にコピーはありません。

さて読めるかどうか。今夜じっくりと試してみますかね。

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6 thoughts on “開けない古い記憶,開けるかもの記憶”

  1. DOSのフロッピーディスク、なつかしいですね。PCを使いだしたころは、なにはともあれまず5インチのフロッピーでMSDOS自身をコンピューターに読ませないといけなかったような気がします。実は2000年頃にうちからフロッピーで配布していたデータが欲しい、という依頼があり、フロッピー3枚のディスクのデータはアーカイブから見つけだした、実行できませんでした。そちらのラボと姉妹提携でも結んでいそうなロシアの某ラボで作られたデータベースです。

    1. 現地委員さん,ドライブが2つ付いてて,片側にMS-DOSのシステムディスクを差し込んだままってやつですね。パソコン使ってると,時々ばちんばちんとディスクアクセスする音がしてました。2000年だとまだフロッピー全盛でしたね。MDもありましたけど,あれはちと高かったです。まあ読めなくなったもんはしゃあないです。

  2. フロッピーディスクってありましたねー。
    素人の私もカラフルなのを持ってました。
    随分あったのを捨てた時は複雑な気持ちだった。
    中身がわからない(書いてないのもあって)のを捨てるって、
    何を捨てたのかわからない不安な気持ちがしたものです。

    1. Chieさん,何が入ってるのか分からないものは危険ですので,処分するに限ります。自分の恥ずかしい宴会芸の動画なんて入ってたらどうするんですか。やらないけど。

  3. 8インチも実家の押入れにはあります。まあこれはもうどうやっても読めないでしょうけれど、3.5インチはどこかにドライブがあった気が。もっともスカジーとUSBではアダプタを介してもデータトランファがうまくいくとは限りませんでした。OS9で保存した莫大量のパソコン通信のテキストをどうやって読み出そうか途方に暮れています。ちなみに35年前の宴会芸の動画は読み出せました。

    1. missssyさん,OS9ってどっかにエミュレータがあったような。まあ昔の通信内容はそのまま闇に葬ってしまうほうがよろしいのではないかと。僕は昔のメールとかは,頃合いを見て全部消してしまいます。どうせ見返すことはありませんし。

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