冠禍での日本滞在,理系の元

実家でのお宝発掘中。ご存知でしょうか。ペナントと呼ばれる古代の旗です。観光地では定番お土産だったペナントもすっかり絶滅し,もしかしたらプレミアが付いてるかも。

裏に叔父の名が入っているものが多かったので,おそらく彼が小学生の僕にお土産に買ってきてくれたのでしょう。自分で買ったものもあると思いますが,記憶がすっぽりと抜け落ちております。

そして,昔懐かしいチロリアンの缶に入っていたのが,こちら。

真空管です。小学生の頃,大型ゴミ出し日に捨てられていたテレビやオーディオから抜いてきたもの。簡単な回路を組んで使ったこともありますが,電源とか面倒だった思い出が。

こちらは小型の三極管,五極管とかだと思います。フィラメントだけなら乾電池で点灯させることができます。ぼーっと光る真空管に理系心が芽生えた瞬間だったのかもしれません。まあ,そんなことやってる時点で,普通の小学生じゃないかもしれないけど。

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「冠禍での日本滞在,理系の元」への16件のフィードバック

  1. どんな小学生だったか見えてきます。理系心はもっと前に芽生えていたんでしょうね。きっと赤ちゃんのころ。発掘が進むにつれ、そのあたりのことも解明されるかも?

    このまましばらく日本に滞在ですか?
    カリフォルニアは不要不急の外出は禁止になりました。

    1. あーにゃさん,今週末には帰国予定なのですが,どうなることやらです。今の所フライトはあるようなのですが,帰国後に2週間自宅待機は確実のようです。もし帰国もままならないようなら,しばらく日本滞在するしかないですねえ。

  2. LiLA様に(もうGoLiLAなんぞと申しません)なんとなんと60年の時空をワープして我が唯一無二の茫々たる過去へ突然連れ戻して頂きました。2A3、6C6、6D6、6F6、6V6、6AV6、6BF6、6AU6、6BD6、6BE6、807・・・我が永遠の真空管たち・・・なんで昔のことだけこんなによく覚えてるんだろ!!!ラジオが出来上がり、フィラメンがボ〜ニャ〜ンとダイダイ色に輝き始め、雑音の中からアナウンサーの声が・・・あの僅か数秒のために小遣いの全てと数ヶ月の時をつぎ込んだ十代前期。あれが我が人生のピークだったかも。真空管を買いに都電で皇居を一回りして秋葉原に行く時の胸の躍動ったら。その後、ショックレーとか物の哀れを解さない野暮な科学者達がトランジスターなんぞを発明してしまった。あれはスイッチを入れてもボ〜ニャ〜ンと輝かない、風情もへったくれもない。少年の心の灯火も消えました。それでも高2のころ、もう亡くなった兄の秘蔵のオッシロスコープ用静電型ブラウン管をもらい受けてテレビを作る野望に燃えました。が、所詮夢は夢。完成してたら大型切手大の白黒映像が白い蛍光面に写ったはずなんですが。真空管とともに我が少年時代も終わりました。もう一回、真空管を灯したい、LiLA様のコレクションの中を泳ぎ廻りたい!

    1. おそらく匿名猫さん,ありましたねえ,そんな真空管の型番。数字とアルファベットの意味,中学生まではアマチュア無線免許用に暗記していたはずなのですが,さすがに不要な記憶は消去されてしまいました。いまでも真空管を使ったアンプは売られていますが,あれってなんだかデコレーションに使われてるだけのような気がしてつまらないです。昔,初歩のラジオで連載されていた,放送用高出力真空管を使ったアンプの自作なんて記事に,もっとお小遣いあればと憧れたものです。

  3. ペナント、かって流行りましたよね。
    兄の部屋にも貼ってあったので、私が修学旅行に行ったとき
    お土産にあげました。私自身は、これのどこが面白いの?と
    思ってましたが。
    でもよく考えたら同じ学校で修学旅行先も同じでした。
    きっと嬉しくなかったと思います。
     
    次なるコレクション。小学生でこんなに真空管集めてたとは。
    うちの夫と話が合うかもしれません。

    1. ポージィさん,ペナント自体は僕もさほど面白いとは思ってなかったのですが,なんだか集まってきておりました。真空管談義につきましては非常に興味ありますので,ぜひとも会合日時を設定して頂きたく存じます。

  4. うーん、どっちも女の私には無縁の品々。
    ペナントは行った場所の記念品ですよね。
    壁に貼ったのを見たことあるような雑誌で見たような。
    真空管は中にチロチロと明かりがついたのを見たことがあるような無いような。
    ちがうかなーーー。
    わかんないなーーー。

    1. Chieさん,真空管コレクション以外にもトランジスタコレクションもあったのですが,そっちは発見できませんでした。捨てちゃったのかも。ちろちろ灯りがつく真空管,なんだか頑張って仕事してるようじゃないですか。そういう健気なところがまた良いんです。

  5. いやぁー、懐かしい!ペナント。誰からもらったか忘れないように、裏に名前を書いてあるのですか?几帳面!兄もペナント集めていましたが、処分に悩んでいたようで、結局、お気に入りを残したものの、いつの日かそのペナントを持参して結婚しました。その後どうなったのか不明。わぁ〜、真空管!よく集めましたね。これ全部使える分ですか?真空管の使い方がわかれば、理科が楽しくなって夢が膨らんだでしょうね。理系少年の誕生ですね!私はもっぱらテレビブラウン管の後ろのカバーを外して中をのぞいていた方です。(>:<;

    1. いたずらリスさん,名前を書いたのは親だと思われます。今となっては珍しいかもしれないペナントですが,残していたって価値でるものでもなし,すべて焼却処分といたしました。真空管はまだ使えると思いますよ。でも電源を用意するのが面倒です。基本的にはトランジスタとかと同じなので,電気信号を大きくするのに使います。

  6. 平戸公園や臼杵石仏などけっこう近場が多いですね。ちょっと足を伸ばして秋吉台や鳥取砂丘といったところでしょうか。東京のペナントに描かれているビルは年代的には霞が関ビルでしょうか。36階と当時としては驚異的な高さでした。数年後に40階建ての貿易センタービル、それからサンシャイン60、もうそのあとは副都心に乱立と時代は推移します。電話級無線従事者の国家資格を持ってたりするのですが、真空管は触ったことがありません。

    1. missssyさん,そりゃまあ九州ですから,近所が多いです。山陽山陰までは足を伸ばしやすい地域ですし。東京のペナントも誰が買ったのかは分かりませんが,昭和40年代のものかと思われます。僕もアマチュア無線の免許は中学生のときに取りましたが,当時の試験には真空管の問題が出ておりました。

      1. 真空管の試験問題は解けるように勉強しました。AB級増幅が好きでした。発振回路がわけわからずで電気への道はあきらめましたが、その後、大学生協にA級増幅のアンプが売り出された時に大枚をはたいて買ってしまったりしています。真空管は入っていなかったと思います。カリフォルニアのリバーサイドで研究室を持った友人がオフィスに真空管のアンプをセットしていました。研究室を引き払う時にそれが売りに出されていて諸行無常の鐘の音でした。

        1. missssyさん,発振回路とか整流回路とか,色々ありましたねえ。Phase Locked Loopなんてのを勉強しましたが,後日,負のフィードバックとか勉強して,なんだこれじゃんと納得した記憶も。僕の友人も真空管アンプを楽しんでおりますが,あれに馴染むのは室内楽とかでしょうかね。

  7. そうか、真空管アンプは理系の元なのか~。たしかに。

    父の手作りの真空管アンプで、音楽を聴いて育ちました。まだ実家では使っているのではないかな~。ちなみにスピーカーも自作でした。レコードプレイヤーも、針をソフトランディングさせるように錘をつけて、なにやら細工してたし。

    そういえば、父・叔父・兄・従弟・従姉の旦那さんと、みんな理系です。よく集まったな~と思うほど。

    しかしペナントには縁がないです。チコちゃんでやってましたが、ボーッと生きてると叱られる側です。

    1. Sanaeさん,真空管アンプは性能的にはトランジスタにかないませんが,やはり電気の力を目で見ることができて理系心をくすぐります。僕も中学生時代の自作スピーカーがまだ実家にあるのですが,ちょいと設計ミスで音のバランスが悪く,結局あまり使いませんでした。

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