無我の境地が得られるSchubert

今朝の会議以後,今日は一日中はぁ〜っとため息ついております.仕事上のあれこれなんですが,トラブルってわけじゃなく,どーすっかね〜って言う程度の話.そういう話の相談する相棒はいるんですが,最近彼も少々忙しく,カフェに逃亡して愚痴るのもままなりません.

家に戻ってもなんとなく夜仕事する気にもならず,深夜ピアノのカバーを開けて,ちーさな音で,ぽちぽちと鍵盤を叩いておしました.

なんとなくそういう時に選んでしまうのはSchubert.普段ならあの長さに途中で飽きてきますが,何も考えずに目から入った楽譜の情報をひたすら指先に伝達するだけで無我の境地が得られます.

で,思ったんですが,Schubertのピアノ曲って,もしかして写経?

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「無我の境地が得られるSchubert」への2件のフィードバック

  1. そんなときピアノはため息の友なんですね。
    私なら?
    ピアノ弾けないしな~~
    ため息の友持ってないな。
    写経は無心になれると言うけど、
    半紙に写してさえ汚い字に新たなため息・・・

    1. Chieさん,ため息の友,なにかありますよ.料理とか,食事会とか,ちょいリッチなイタリアンランチとか.
      って,食べるのばっかり出してますね.

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