5月の物語「告白」

Lilac
Lilac

学生生活も残り一年を切った.連休恒例のサークルの合宿も今年が最後の参加となる.偶然同じサークルに入って以来,彼女のことがずっと気になっていた.僕が意識していたのは,彼女の方も何となく分かっていたと思う.この機会を逃したら,あとはそのまま社会に出て,ゆっくりと彼女への気持ちが心の奥へ沈んでいくことだろう.そうなったら一生後悔する.彼女が一人になるチャンスを待ち,勇気を出して告白した.

「あのさ,付き合ってほしいんだけど」
「あたしと?」
「うん」
「なんでもしてくれる?」
「うん,もちろん」
「じゃあ,私に話しかけないって約束して」
「え?」

彼女はにっこり笑って去っていった.

その後のことはよく覚えていない.生気を失ったまま日々を過ごし,大学を卒業し,地元の企業へ就職し,数年後に職場の同期の女性と結婚した.

彼女に声をかけたあの日のことは,今でも思い出す.あれでよかったんだと,自分に言い聞かせている.今の生活だってそれなりに幸せだと思う.不満があるとすれば,女房の極端なテレビドラマ好きなことくらいか.9時から始まるお気に入りのドラマがある日は,夕食も10時までおあずけとなる.

さすがに10時まで空腹を我慢するのは辛い.女房はテレビ画面を見つめたまま身動き一つしない.我慢できなくなり,先に食べてよいかと恐る恐る尋ねてみる.

「あのさあ… ご飯,先に食べても...」

「あたしに話しかけない約束でしょ!」

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「5月の物語「告白」」への6件のフィードバック

  1. 一瞬、「雪女」のパロディかと思いました。あっちは、他人に話してはいけないという約束でしたね。ただどっちにしろ、男にとっては多かれ少なかれホラーですかね。

  2. ★もう一つの人生
    サークルの彼女にプロポーズが叶い目出度くゴールインして幾星霜。
    彼女は今も夫大好きで元気な明るい奥さんです。
    ご飯もすんで夜10時。
    「ねえねえ、あのね、ねー聞いてる?あなた」
    「あのさ、今音楽聴いてる最中なんだけどさ、
    僕に話しかけないでくれる?」

    1. Chieさん,僕はどっちかっつぅと夜10時に微分方程式を解いてるときには,話しかけられたくないです.偏微分方程式だったらなおさらです.

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